まちを「学び」と「成長」の舞台に 自立した個人を育むコミュニティ

まち全体が「教室」で、まちの人たちは「先生」。自分の「好き」や「得意」を軸にして活動する人を増やし、その人たちが周囲に影響を与える「先生」となることで、自立した個人を育むコミュニティを広げる。今、千葉県流山市で「まちを学校にする」挑戦が始まっている。

経済活動の外側にいる人に
活躍や成長の機会を

手塚 純子

手塚 純子

株式会社WaCreation 代表取締役
1983年大阪生まれ。神戸大学経営学部卒業。リクルートに入社し、営業・人事・企画を経験。2018年にWaCreationを設立。2017年6月より流山市子ども・子育て会議委員、2019年4月より国立大学法人千葉大学非常勤講師、2020年4月より千葉県立特別支援学校流山高等学園学校運営協議会委員、コミュニティスペースmachimin運営。著書に『もしわたしが「株式会社流山市」の人事部長だったら』。

WaCreationの代表、手塚純子氏はリクルートで営業・人事・企画に携わり、第二子の育休中に起業。2018年に流山駅のすぐ近くにあったタクシー車庫を改装し、「まちをみんなでつくる」ための拠点「machimin」を立ち上げた。

machiminでは、まちの人たちが自分の「好き」や「得意」を軸に、商品を開発したりイベントを企画したりして、体験型授業のように稼ぐ力を身につける場になっている。

「育休で仕事を離れて、まちに出てみると、子どもや退職したシニア、専業主婦、障がいがある人など、活躍や成長の機会を求めているのに恵まれていない人がたくさんいることに気づきました。趣味が地域活動になり、事業に進化していく中でどんな人でも挑戦しがいのある活動を生み出せるようにしたい。今は経済活動の外側にいる人たちが、自分で仕事をつくれるようになれば、世の中の流れを変えていけるのではないか。その仮説を検証したいと思って、machiminを立ち上げました」

手塚氏はmachiminを開業する前から、まちを行き交う老若男女を眺めながら、「もし私が『株式会社流山市』の人事部長だったら」という妄想をめぐらせていた。

「企業にとって従業員が重要な人的資源であるように、地域にとって日中まちにいる人たちは大切な人的資源であるにも関わらず、彼・彼女らに学びや研修を提供する人はいません。市長が経営者、市民が従業員で、私がまちの人事部長だったら、どんな人材育成をすれば、まちの課題を解決していけるのか。私自身が得意としてリクルートでやってきたことを、商売とせずにソーシャルキャピタルとしてまちに投資したらどうなるか、見てみたいと考えたんです」

まち全体が「教室」、
まちの人たちは「先生」

「machimin」は、子どもからシニアまで多様な人たちが、何かをするために訪れるコミュニティスペースだ。

「machimin」は、子どもからシニアまで多様な人たちが、何かをするために訪れるコミュニティスペースだ。

machiminでは、年間100以上の大小さまざまなプロジェクトが展開されている。地元の特産品を使ったお菓子を商品化した人、農業体験をイベント化した人、趣味のイラストを仕事にした人……。machiminでの活動をきっかけに、自立した個人が続々と育まれている。

「私が主にしていることは、その本人の想いや弱みや強みを客観的にとらえることと、仕事づくりのきっかけになるだろう相性が良さそうな人・組織を組み合わせることです。また、開かれたmachiminでの偶然の出会いから発見があったり、仲間が見つかったり、仕事が生まれたり、頼まれたりする。そして小さなことからコツコツと挑戦を促し、本人も自覚していない可能性を表出化させ認識できるように仕掛け、自信をつけてもらう。まちの人事部長として、最適な人的資源の配置を考えてみたいです」

学校に例えれば、手塚氏は「先生」ではなく「事務局長」の役割を担う。

「先生はまちの人たちです。私は先生をスカウトし、いわばカリキュラムを設計するように、その人が段階的に成長できるよう体験を準備します。まちの先生とは『教える人』ではなく、『実践している姿・背中を魅せる人』。自分の『好き』や『得意』に基づいて、楽しそうに活動している人を見たら、周りの人たちは『この人、すごく素敵だな』とか『自分も何かやってみよう』と思える。まちには先生がたくさんいます」

まちを学校にするWaCreationの取組みは、machiminという場にとどまらず、市の「みどりの課」との協定も結び地域の300の公園にも広がりをみせている。公園を舞台に、普段は家の中で一人でやっているような趣味をあえて公共空間でやってみるイベントなども企画している。

「自分とは異なる視点や価値観との出会いが、学びをもたらします。まち全体が教室で、machiminはいろんな人が集まる教員室でしょうか。明日からでも今日からでも、自分のモードを少し変えれば新しい一歩を踏み出せる。まちを学校と見るだけでも、いろんな発見があるはずです」

「まちを学校にする」ことは
他の地域でもできる

WaCreationが掲げるミッションは「壁を壊して、輪を創る」。いろんな壁があるが、新しいチャレンジを始める際の一番のスタート地点は心の壁だという。

「やりたいことや欲しいものを、最初から諦めている人も多くいます。まちの先生とは、心理的な制約になっている壁が『架空』だったことを証明してくれます。そして先生との触れ合いをきっかけに、本人が楽しみながらアレコレやり始めたら、とにかくそれを邪魔しないことです」

machiminでは、その人が望む活動ができ、仲間も見つかって、必要分の収益を自ら出せるようになったら研修は終了し、「卒業」する仕組みだ。

「ある程度、プロジェクトが軌道に乗ってくると、machiminの枠組みを束縛に感じるようになり、もっと自由にやりたくなっていきます。machiminに依存しなくても、自立した個人として周囲に影響を与えられる存在となり、そして新しいコミュニティができていきます。そこでも同じような研修が起き、先生がまた増えていくとしたら……、そう考えるとますます囲うことなく、輩出することに価値があります。それがmachimin流の人材研修です」

手塚氏は「まちを学校にする」自らの取組みについて、「企業で人事をしている人なら、同じようにできる人はたくさんいると思います」と語る。

「私に特別なものがあるとしたら、企業社会であれば値段のつく人材研修を、まちで0円で提供したことだと思います。私が一番興味をもっていて、好きで、得意だと思えている、一般的には売り物となる人事業務を0円にし、まちに投資して変化を起こしてきました。企業の人事担当者であれば、能力・技術としては同じように実践できる人は相当いるはずだと思います。その人たちも必ずどこかのまちには住んでいるわけですので、今後、『まちを学校にする』という考え方がもっと広まっていくと大きなうねりになると期待しています。流山が特別なのではなく、すべてのまちは学校であると言い切りたいですね」

machiminの活動の中で先生の姿を見て行動を起こした本人が、自走するリーダーとなり、まちに輩出され、そしてまた誰かにとっての先生になる。そのようなサイクルが回っていくために、手塚氏は「まちの人事部長」として奔走している。