グローバル人材へのキャリア発達プロセスを研究

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、主に修了生がどんな課題意識のもと、研究や現場の実践をしているかを紹介する。

異なる言語・背景や価値観をもつ
他者と共に働く能力の重要性

五十嵐 篤

五十嵐 篤

アンドリッツ・ファブリック&ロール株式会社 代表取締役社長
日本企業・マレーシア企業(現地)・米資日本法人を経て現職。日アジア米欧資本各社で、組織/人的マネジメント経験を積む。MBA(英国)、実務教育学修士(専門職)、キャリアコンサルタント。2023年秋より慶應義塾大学院 後期博士課程(社会人コース)で研究継続中。

今日の社会ではグローバル化が進展し、急速に進化するIT技術により、どこにいても世界中の人々とつながりやすくなっている。異なる言語・背景や価値観を持つ他者と共に働く能力は、 海外で働く場合だけでなく、日本国内においてもますます重要になってきている。

私自身はこれまでのキャリアの大半は、日本人だけでなく外国人と共に働くキャリア形成であった。異なるバックグラウンドの他者と働く必要性・重要性、そしてその価値は、海外で働いていた時期だけでなく、日本で働いていても日々感じてきたことである。

新潟で生まれ育ち、高校卒業までは外国人と英語を用いて会話をした記憶もないが、現在は外資系企業の日本法人の責任者として、また、社外でもキャリア支援に関わる機会を得ている。社員やクライアントのキャリア形成に自分が貢献できることは何かを考える中で、人はどのようにグローバル人材になっていくのか、グローバル人材へのキャリア発達プロセスを明らかにできれば、実務に活かせる研究になるのではと考えるようになった。

9名のインタビューを通じて
キャリア形成の過程を明らかに

入学までに国内外で様々な実務経験を積み、また海外MBA(経営学修士)で学んだ経験もあったが、働き始めてから25年以上研究とは縁がなかった。そのため、研究テーマこそ決めたものの、具体的に研究をどう進めるかの構想はほとんどなかった。そのようなときに、大学院で履修した授業を通じて文化心理学の研究手法であるTEM(複線径路等至性モデリング)を知り、研究手法として用いることにした。

研究では、バイリンガルやマルチリンガルではないが、言語や文化の異なる人たちと働きながらキャリア形成してきた日本人9名を対象にインタビューを実施した。TEMでは9名のインタビューを統合することで、人生の径路の類型を把握することができるとされているためである。

インタビューの結果、外国語を用い、今では外国人とごく当たり前に仕事をしているビジネスパーソンにも、キャリア形成の過程においては様々な葛藤や迷いがあったことが示された。また、TEMを用いることで促進要因・阻害要因について明らかにしつつ、キャリア発達プロセスの図式化を行うことで、「グローバル人材へのキャリア発達プロセス」モデルの生成を行った。研究成果の全てをここに書くことは難しいが、例えば、言語的・文化的背景の異なる人たちと共に働こうという意思決定を促進する要因として、①周囲の環境(共に働く上司部下、先輩友人、ロールモデル)、②他者ではなく自分自身による意思決定、③過去の人生の分岐点における経験からの学習などが見出された。

大学院ではゼミや報告会・審査会など様々な場面で研究の進捗の発表を行う機会があったが、それは様々な質問をうけて考え、また研究を進め、また質問を受け、また考えるということの繰り返しだった。これが研究の苦しさでもあり面白さだと私は考える。先生方からの俯瞰した視点からの問い、実践知の言語化・体系化に取り組む各分野の専門家でもある本大学の他の院生たちとの対話は、実務家が大学院で学ぶ大きな魅力の1つである。

研究結果から得た要因を
考慮した研修設計を実践

Photo by Goncharenya Tanya /Adobe Stock

Photo by Goncharenya Tanya /Adobe Stock

現場は日々刻々と変化する。また、実務の状況や環境は研究対象と全く同じではない。そのため、実務に基づく研究テーマであっても、研究の分析結果や考察を実務にそのまま当てはめることが適切とは限らない。だが、実務に根ざした実践者による研究成果を参考にしながら実務家の視点で考えることで、打ち手は必ず見つかると考える。

例えば、私の実務における職務の一つに法人組織における人材育成がある。社員の語学力向上も取り組むべき課題であるが、研究結果から得た促進要因と阻害要因を考慮した研修設計を行うことで、以前と大きく違った成果を生み出しつつあると実感している。

研究成果を実務に活かすことは、実務にもさらなる研究のためにも有益で、また研究者としても実務家としても、大きな充足感を味わうことができる瞬間である。最近ではChatGPTなど生成系AIの進化によって得られる情報は以前にもまして豊富になってきている。だが、情報や知識を実務における具体的な成果に結びつけるのは、実務家の役割なのである。

実務家が研究の過程で得た気づきや学びが、実務に応用・実践されれば、その実践が研究における新たな視点につながっていく。本大学院の実務教育研究科で働きながら2年間学んでみて、このような実務と研究の往還プロセスの魅力に気がつくことができたことは私にとっては大変有益であった。今後も実務家として研究を続け、往還のプロセスの中で有形無形の様々な価値や成果を得ていきたい。

アクティブ・ラーニングと実務教育―『最新学習歴』を更新し続ける実践とは―