介護職の「承認」と「コミュニケーションの改善」で働きやすい職場を目指す

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、主に修了生がどんな課題意識のもと、研究や現場の実践をしているかを紹介する。

介護職分野における
離職に関する研究

佐藤 文子

佐藤 文子

株式会社ライフジャパン 非常勤講師
法律事務所や生協活動を経て、医療法人に入職し、人事部門や人材育成に約10年携わる。2020年に社会構想大学院大学の実務家教員養成課程を修了し、研究をさらに深めるため、2021年4月に社会構想大学院大学実務教育研究科に入学。今後は医療系大学のIPEにもフィールドを広げていきたいと考えている。

人口減少に転じた日本において、労働力の確保は多くの業界にとって課題となっているが、とりわけ、介護業界は厳しい状況にある。厚生労働省は、2021年から始まる第8期介護保険事業計画において、いわゆる団塊の世代全員が後期高齢者となる2025年には約243万人の介護職員が必要になるとしている。しかし、実際には若い年代の介護職離れは顕著で、介護職の継続的な人材確保が見通せない状況が続いている。

それは、筆者が20年余勤務した医療法人でも同様である。そこで、離職、特に若い世代の離職率を少しでも減らすため、筆者が担当する研修で何か効果的な取り組みができないか検討したいと思い、大学院への進学を決意した。

研究を開始して、まずぶつかったのは、「離職」と「研修」との因果関係の見えづらさであった。離職を取り巻く問題は、複雑で多様な事柄が折り重なっており、なかなか糸口を見つけることができなかった。そこで、研究テーマを変更し、離職の原因の一つでもある、職場の人間関係、多職種連携における介護職、なかでも看護職とのコミュニケーションに焦点をあてることとした。

介護の現場は複雑化しており、多職種チームでの対応はごく当たり前になってきている。そのような中、介護職と看護職とのコミュニケーションが円滑になれば、介護の現場が働きやすいものとなり、ひいては離職の減少にもつながるのではないかと考えたのである。

「三つの承認形態」から
「肯定的マインド」を着想

研究を進めるうち、A.ホネットの承認論をもとにした大畠啓先生の論文と出逢った。ホネットは、「愛」「法」「連帯」という「三つの承認形態」で承認されることにより、自己信頼、自己尊重、自己評価を獲得し、これらが積み重ねられアイデンティティを確立し自己実現を達成することができるとした。私は、介護職の承認経験が自己実現に向かう意欲を「肯定的マインド」と表現し、この「肯定的マインド」が積極的なコミュニケーションを惹起し他者との良好な関係を構築すること、一方、承認剥奪、つまり承認されていない状態では肯定的マインドが低いためコミュニケーションが消極的となり、他者とのコミュニケーションが難しくなるのではないかと考えるようになった。

これを検証するため、ある医療法人を対象にアンケート調査とインタビュー調査を実施し分析を行なった。その結果、介護職の多くは、社会的承認を得られていないと感じていること、一方、承認状態が肯定的マインドの職場では、積極的なコミュニケーションがとられていることが明らかになった。

さらに、ある場面で承認剥奪状態であっても他の場面でそれを補う充分な承認が得られていれば、他者への積極的なコミュニケーションを可能にしていたことが示唆された。それはあたかも、たこ焼きの型に≪たね≫を流し込むときに、他の型から溢れた≪たね≫が空の隣の型に入って丸いたこ焼きになるように、他の事象で得られた充分な承認による肯定的マインドが、他での承認剥奪状態を補って積極的なコミュニケーションを惹起したものだと考えられる。

これらのことから、多職種連携におけるコミュニケーションの促進には、たとえ承認剥奪状態であったとしてもコミュニケーションを可能にするスキル、具体的には、協働業務を通した職種間の相互理解、隙間時間を利用した人となりの理解、内製型研修によるセルフコントロールや表出系コミュニケーションスキルの習得が重要であることが導き出された。

研究で得た知見を
研修への組み込みへ

この研究から得られた知見の実装はこれからである。まずは、私自身が勤務している法人で行っている研修に、これらのスキル習得を組み込んでいくことを想定している。「隙間時間を使った人となりの理解とコミュニケーション」の重要性については、私が講師を務めているある法人の職員対象のマネジメント研修にパイロット的に導入済みであり、手ごたえを感じている。

今後は研修講師育成プログラムの作成も行なうことで、これらのスキルの習得を指導できる講師の育成を検討している。また、水平展開として、広く他の介護施設でも行えるよう講師養成プログラムや教材をブラッシュアップし、地域の多くの介護施設とともに職場環境改善に取り組んでいきたいと考えている。

私の研究やそれをもとにした研修を通じて、介護職が多職種と連携して生き生きと働く職場が増え、介護職の社会的理解が進み、正当に評価されることにつながっていけば嬉しい限りである。

参考文献

  • A,honneth.(2003)KAMPF UM ANERKENNUNGZ ur moralischen Grammatik sozialer Konflikte Mit einem neuen Nachwort, Frankfurt am Main; Suhrkamp Verlag 2003.(=2014、山本啓・直江清隆訳『承認をめぐる闘争―社会的コンフリクトの道徳的文法』一般財団法人法政大学出版局 大畠啓(2011)「介護職の社会的承認の規定要因―山口県宇部・小野田地域での共同調査からー」社会分析38、pp.81~98.
実践知を体系化し、新たな学びと組織を作る 実務教育研究科