柔道整復師の実務や養成を経て、柔道整復の学問的位置づけを整理

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、主に修了生がどんな課題意識のもと、研究や現場の実践をしているかを紹介する。

柔道整復という専門職を
学術的に明らかにしていく

中井 真悟

中井 真悟

常葉大学 健康プロデュース学部 健康柔道整復学科 専任講師
2018年より現職。柔道整復師、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師の実務経験を有する教員として医療専門職養成に携わり、今年で10年目を迎える。社会人院生として2019年に博士(健康デザイン学)を取得し、研究領域は組織形態学(解剖学)。2023年に社会構想大学院大学実務教育研究科を修了し、職場で「柔道整復領域における臨地実習前のPBLに映像を活用したリフレクションの提案」を研究報告した。今後は、高校の生物学等から大学の解剖学・生理学等に学びが移行する医療学生の初年次教育について研究したいと考えている。

私は柔道整復師として医療現場に携わってきた実務経験を活かして、現在は柔道整復師養成に携わっている。柔道整復師は骨や筋肉、関節といった運動器のケガを扱う職業である。柔道整復師は昔から「ほねつぎ」と呼ばれることもあるが、これは「骨を接(つ)ぐ」に由来している。この柔道整復師になるためには身体の構造・機能・病理などの基礎科目だけでなく、ケガはどのように起こるのか、ケガにはどう対処したらよいか、さらには日常生活復帰までのケアなど、幅広く学ぶ必要がある。

柔道整復師養成にかかわって今年で10年目である。2018年からは大学で教えているが、2020年頃から世はコロナ禍に見舞われて職場に行くことができなくなった。講義は強制的にオンライン化し、研究も思うように進められない状態となった。教育も研究活動も環境に大きく依存するという現実を突きつけられ、自身の無力さを実感し、漠然とした焦燥を感じることとなった。だが、今振り返ると、この時期に自身と向き合う時間が増えたことが、大きな転換点となったと言える。自宅で過ごすことも多くなり、以前から興味のあった柔道整復師の歴史に関する書籍を読み漁った。その結果、社会の変化に柔道整復が対応できていないのではないかと疑念を抱くようになったのである。

そんなある日、大学院の学生募集が目に留まった。先述の疑念は、柔道整復という専門職を学術的に明らかにしていくことで払拭できるのではないかと考え、実務教育研究科を受験するに至った。

専門職学位論文では
専門職大学設置を提案

実務教育研究科では、専門職学位論文を書くことが求められる。私は学位論文を二部構成で執筆した。まず、第一部では柔道整復師が直面しているパラドックスについて検討した。柔道整復においても西洋医学の観点から見た根拠が求められる。医学的根拠を持った上で同じように運動器を扱う整形外科医との差別化を行なっていかなければならないが職業の固有性を語る上で整形外科領域との衝突は避けられない。その結果、柔道整復師としてのオリジナリティを見失うというパラドックス化した状況が見られるのである。また、柔道整復師について、その職務の裏付けとなるような学問的な位置付けが十分されてきていないことも明らかになった。このことを受けて、論文では柔道整復が学問的にどう位置づけられるかについて医療システムとの関連を示しつつ、整理を図った。

第二部では柔道整復領域における高等教育機関の課題を挙げ、その課題を解決するための方策として、柔道整復について学ぶことのできる大学設置の提案を行なった。具体的には、文部科学省が出している「設置の趣旨等を記載した書類」のフォーマットに従いながら、3年間プラス1年間の2期制の専門職大学設置を提案した。前期課程3年間では、教員が中心となってヘルスケア科目とともに国家試験に向けた柔道整復師になるための教育を、後期課程の1年間では実務経験を積んできた教員(実務家教員)による演習や実習を中心に自ら学べる環境を整えるなど、柔道整復師として活躍するための教育のあり方を具体的に提案することができた。

Theory of Knowledgeを学び
大学での教育実務に応用

論文を書いていく過程で、柔道整復師業界の抱える社会的課題を示すことができた。また、全体を俯瞰したグランドデザインを提示していく中で、柔道整復師の業界についてより広い視野から考えることができるようになった。また、私自身、大学で教える実務家教員であり、大学院で受けた指導は自分自身の教育実践にも役に立っている。例えば、教育に関するマネジメントについて学ぶ中で、教員と職員が協働することの重要性を再認識することができ、また、学校経営学的視点を通した実務的な方策についても学ぶことができた。

また大学院での学びはさらなる学びへとつながっていった。実務教育研究科の必修科目である「知の理論」では知識の社会的な知識の扱い方について学んだが、さらに国際バカロレアが提供するTheory of Knowledgeのプログラムを受講した。私が受講したプログラムは本来であれば高校教員が対象であり、生徒に学際的な知識を整理・思考するためのスキルを身に付けさせるものであるが、私はこれを大学での教育実務に応用して、科目横断的な理解を促すための初年次教育などに活用している。

実務教育研究科での学びは柔道整復の専門領域だけでなく、大学運営や学生指導などについても研鑽を積む機会となった。また、実務家として大学教員として活躍していくためには、全体像を俯瞰できるスキルが求められていることも身をもって体験することができた。これらのことは入学前には気が付いていなかったが、この大学院で学んだことは正に実学であったと感じている。

社会構想大学院大学 実務教育研究セミナー 生成系AIによる学び・教育の大転換に備えて