キャリアコンサルタントに必要なネガティブ・ケイパビリティを研究

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、主に修了生がどんな課題意識のもと、研究や現場の実践をしているかを紹介する。

キャリアコンサルタントの課題
身につかない3つのあり方

田中 稔哉

田中 稔哉

株式会社日本マンパワー
企業の人事業務を経験後、コンサルティング会社にて新規事業開発、関連会社経営に従事。大学生の就職支援事業や採用コンサルタントを経て、日本マンパワー入社。キャリアカウンセラー養成講座開発、キャリア教育プログラム開発、行政機関の雇用対策事業等を担当。現在、代表取締役会長。キャリアコンサルティング協議会副会長。公認心理師、1級キャリアコンサルティング技能士。

キャリアコンサルタントは、人が社会の中で自分らしく役割を担っていくための一連の支援をする専門職とされている。私はこのキャリアコンサルタントの養成に20年以上携わってきた。そこでの課題は、キャリアコンサルタントとしてふさわしい人間観の形成など対人支援の一領域の専門職としての「あり方」に関する以下の3つが身につかないことである。
①相談者に好意的関心を示すこと、およびその持続
②相談者をありのままに受容し共感しようとする態度
③キャリアコンサルタントの枠組みでなく、相談者固有の枠組み(ものの見方、考え方)を尊重し、それを理解しようとする姿勢

私はこれら3つの修得を阻んでいる通底した原因があるように感じてきた。それは、相談者のことが「わからない」状態に留まっていることができず、面談の早期にわずかな情報をたよりにわかったつもりになってしまうことである。そもそも他人である相談者の全てを理解することはできないはずなのだが、「わからない他者」に対峙する不安や恐怖から本能的に逃れたくなり、自分の持っている枠組みを当てはめた見立てをして、わかったつもりになってしまうのである。そうなると相談者への関心が薄れ、相談者固有のものの見方や感じ方は伝わってこなくなり、見立てと異なる相談者の言動に気づきにくくなる。

私は以上のような課題の解決に、ネガティブ・ケイパビリティが決定的な役割を果たしているのではないかと考え、研究を始めた。ネガティブ・ケイパビリティとは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」のことである(帚木2017)。

ネガティブ・ケイパビリティ
に関する研究と調査

上記の課題について、キャリアコンサルティングの現場で起きていることや、国家検定の実技試験委員のコメントから具体的に記述した後、近接領域におけるネガティブ・ケイパビリティについての先行研究を概観した。その上で、キャリアコンサルティングの熟達者に対するインタビュー調査を実施した。調査対象者6名に対し当初の見立てと異なる展開を見せたケースについて、詳細なインタビューを行った。

インタビュー内容をKJ法(川喜田1986)の手続きを援用して分析をすすめた結果、ネガティブ・ケイパビリティそのものの発露としての項目4つ、ネガティブ・ケイパビリティと相互に支えあう関係にある人間観(相談者観)に関する項目2つ、それらを発揮して対処している曖昧さや葛藤に関する項目9つが抽出された(表)。例えば、1.ネガティブ・ケイパビリティそのものの発露の(1)一般論や既有の価値観からの距離は、相談者や面談内で語られることに正誤、善悪、普通・特別などの二元論は取らず、一般的な価値判断の基準や、自分の既有の価値観からは距離をとって支援することを指している。

表 キャリアコンサルティングとネガティブ・ケイパビリティ

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ネガティブ・ケイパビリティを
身につける研修セッションを開発

本研究で得られた知見を用い、キャリアコンサルタントがネガティブ・ケイパビリティを身につける一助とすべく、あらたな研修セッションを開発した。それはインタビューしたケースを参考に、第一印象というものが先入観やバイアスの影響を受けたもので、いかにいい加減なものかを実感してもらう内容になっている。トライアル実施を2回、さらに内容を再検討した後に2回の試行を行い、2023年7月開講の講座から正式に実装することになった。

研究を通して感じたのは、相談者に対して「わかった」となるのは、相談者の変化成長する力と、自分の関わりの効果に対する「あきらめ」なのではないかということである。「わからない」状態に耐えきれず、わかろうとする姿勢を放棄してしまう。キャリアコンサルタントには、人間の可能性と信頼し合う人同士の対話の力を、どこまで信じているかが問われているのである。

  • 川喜田二郎(1986)『KJ法―渾沌をして語らしめる』中央公論社
  • 帚木蓬生(2017)『ネガティブ・ケイパビリティ 答えのない事態に耐える力』朝日新聞出版
2023年度オープンキャンパス