インクルーシブな社会を実現するテクノロジー活用の実践研究

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、主に修了生がどんな課題意識のもと、研究や現場の実践をしているかを紹介する。

テクノロジー活用の実践
「魔法のプロジェクト」

佐藤 里美

佐藤 里美

東京都出身。
NECを経て、ソフトバンク株式会社 魔法のプロジェクト ディレクター。東京大学先端科学技術研究センター支援情報システム分野 連携研究員。専門は学習障害、障害社会学。スペシャル・ニーズ・サポート株式会社 取締役 兼 SNラボ長。著書に『特別支援教育ですぐに役立つ! ICT活用法 「魔法のプロジェクト」の選りすぐり実践27』ほか。

現代社会ではICTが身近なものとなっている。学校教育においても2020年にGIGAスクール構想が始まった。公立の小中学校でも一人一台のタブレット端末、インターネット環境が配備され、ICTの活用は当たり前のものとなった。しかしながら、現状ではICTは教師の指示に従って使うことが多く、子どもたち自身の必要性に応じて自由に使うことは許されていないことが多い。特に障害がある子ども達については、自分自身の必要性に応じてICTを活用することは、合理的配慮1の有効な実現手段となり得るはずであるが、残念ながら当たり前にはなっていない。公立小中学校における合理的配慮の提供は2016年に義務化されている2。

筆者が関わっている「魔法のプロジェクト」は2011年に始まったもので、ICTを学校教育に持ち込み、それがどのような効果をもたらすのかを実証している。10年を超えて継続しているプロジェクトの意味と、効果について改めて考察をすることを通じて今後の方針に活かしたいと考え、社会構想大学院大学実務教育研究科に入学し、研究を開始した。

1 障害者の権利に関する条約第二条によれば、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」である。
2 「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」の施行により、全ての公立学校等において障害のある幼児児童生徒に対する合理的配慮を提供することが義務化された。

ICTの活用は「力の拡張」と捉え
プロジェクトの実践を分類

障害等により学ぶことに困難のある子ども達がICTを使うことにはどのような意味があるのだろうか。研究ではマクルーハンのメディア論を基に、ICTの活用を「力の拡張」と捉え、拡張された力を使用することを周囲が理解することを「環境の調整」と定義した(図参照)。その上で、プロジェクトのこれまでの実践をこの定義によって分類、整理し考察した。また、追跡調査を実施することでプロジェクトに参加した当事者達が得た「力の拡張」がその後の社会生活ではどのように扱われ、役立っているのかを調査した。これらによって特別支援教育を受ける期間に子ども達が身につけるべき力について考察した。

図 「拡張された力」概念図

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インクルーシブな社会の
実現を目指して

近年のテクノロジーの進化はめざましい。特にAIはこれまでの素材を比較して判定することに留まらず、創造する事が可能となった。専門家でなくとも文章や画像、音楽を作り出すAIを扱えるようになってきた。しかも、これらを使用するには専門機器等を新たに用意する必要がない。これまでの教育におけるICTは、記録の手段としての写真撮影や音声やキーボードによる入力、調べる手段である検索、情報伝達や共有手段としてのメールやグループウェアが主たる機能であった。最近ではChat GPT等生成系AIも手軽に使えるようになってきているが、教育にどのように活用可能だろうか。議論はされているが定説はまだない。しかし、かつて固定電話が携帯電話となり、更にスマホをだれもが持つようになったように、あるいはそれ以上の速さで様々なAIは普及していくだろう。

この変化は、障害のある子ども達の学びをより高度な形で支援することにつながるだろう。例えば、一人ひとりの子ども達の理解や学びやすさに応じた、より高度な教材の提供などである。一方でこの変化を学校などの社会環境が受入れていくには子ども自身の持つ力と、テクノロジーによって拡張される部分を切り分け、その意味を整理、定義したうえで活用していく必要がある。この部分も加えて研究を継続していきたいと考えている。

魔法のプロジェクトは般化したテクノロジーを取り入れて継続していく方針を持っている。ICTは学ぶ上での困難を解消する強力な武器のひとつである。魔法のプロジェクトの実践研究を通じてインクルーシブな社会の実現を目指して活動していく所存である。

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