自身の体験を言語化・体系化し、転機を乗り越えるための一般法則へと昇華
「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、修了生がどんな課題意識のもと、研究や現場での実践を行っているかを紹介する。
転機を成長の
きっかけとするためには
今井 桂子
よく「転機は人を成長させる」という。もちろん、転機が大きなストレスとなり、その結果、成長できないどころか心身に不調をきたしてしまうこともある。
だが、危機的状況も含め、転機をうまく乗り越えることができれば、これまでとは異なる局面への対応もできるようになる。また、それを乗り越えたという自信を持って、以降の実務にも対応できるようになっていくはずである。
私はこれまで、様々な転機に遭遇してきた。だが、その中で自分がどのような想いを抱き、どのように成長してきたのかについては、私自身にもよくわかっていない部分があった。
転機における迷いや葛藤は、外側からは観察が難しい部分もある。様々な転機を経験してきた私自身だからこそ、言語化・体系化を行えることがあるのではないだろうか。このように考え、自分自身を対象に、転機について研究を行うことにした。
身体感覚という
「語り得ぬもの」を語るには
転機を研究テーマとすることを決めたのはよいが、それをどのように言語化・体系化し、研究としてまとめていけばよいのだろうか。
何かを言語化しようとする際、漠然とした身体感覚だけが浮かんできて、言葉にするのは難しいという経験は、誰でもしたことがあると思う。私自身、転機を乗り越えることで成長してきたという感覚はあったが、それを言語化することは困難であると感じていた。
そこで私が採用したのが、TAE(Thinking At the Edge)とTEM(Trajectory Equifinality Modeling)という、質的研究の手法であった。
ここでは前者のTAEと、それによる分析結果を紹介したい。
TAEによる個人的体験の分析と
そこから得られた法則
TAEは、アメリカ人心理学者のユージン・ジェンドリンが提唱した、感覚を新しい用語を用いて明確化するための系統立った方法であり、最初にデータ全体の意味を、意味感覚 (フェルトセンス)として把握していく。
TAEによる分析の結果、私は二つの言葉を得ることができた。
一つ目の言葉は、「関心を寄せたものへの想像力が世界を広げ、責任を持って洞察すれば、人生への贈り物になる」というものである。
これは、自分自身が主体でありつつも、多様な視点から自分がどう見られているか、想像力を働かせれば、自分自身の世界が広がるということを意味している。また、「責任を持って洞察すれば」というのは、「たんなる興味本位ではなく、知ったり聞いたりした時点で責任が生じると受け止めて、考えれば」という意味である。さらに、「人生への贈り物になる」というのは、私がそのように考えることによって、他者の人生を疑似体験し、人生への贈り物となって私自身の人生を豊かにしてくれる、という意味である。
この際、「責任」が生じるのは、このようにして得ることになった「贈り物」の中には、偶然手に入れたものもあるためである。例えば、何かのポジションに自分自身がつくことになった場合を考えたい。そのポジションにつくことは、新しい経験をもたらしてくれるという意味で「贈り物」であるが、それにふさわしい人は自分自身以外にもいた可能性は十分にある。つまりその「贈り物」は、たまたま自分にまわってきただけなのである。そうであるならば、それを実務に活かしていく責任が自分にはある、と考える必要があるといえよう。
もう一つの言葉は、「今後は自分の能力を意識し、意図的に行為することで、自分の中に新しい秩序を構築する」というものである。それは「今後は自分ができること、できないことを意識し、その上で自分自身ができること、あるいはできるようになっていきたいことについて、意図を持って行為することで、能力を開発しつつ他者との関係性を築くなど、新しい秩序を自らの中につくっていきたい」という意味である。
これらの分析結果から、私は様々なことを考えた。まず、これまでは意識してこなかった、自分を支えてくれた人や関わってくれた人達があって自分がいまあることに感謝して、人や仕事に接したいという思いが芽生えた。また、これまでは自身の成長について、仕事や役割を念頭において、「仕事、役割の中で能力が開発される」という風に捉えてきた。しかし今回の研究で、転機に直面したとき自分はどのように感じたか、どのように対応したかを中心に世界を捉えなおしたことで、「誰もが同じように、かけがえのない成長を遂げてきたのではないか」という人間観、世界観に至った。さらに、仕事の中で、各人がこれまで感じてきたこと、選択してきたことに思いを馳せながら、相互の関係性の中での支援にも取り組みたいと考えた。
これからも、私は私自身の気持ちや行為、相手の受けとめや行為をことばにして確認し、日々ふりかえりを行いながら、相互の成長につながることを実践していきたい。
参考文献
- Gendlin, E.T. (2004a) "What Is TAE? Introdcution to Thinking At the Edge," The Folio, Vol. 19, No. 1, 1-8.
- Gendlin, E.T. (2004b) "TAE Steps," The Folio , Vol. 19, No. 1, 12-24.
- 得丸さと子(2010)『ステップ式質的研究法――TAEの理論と応用』、海鳴社。