特集紹介 人材育成を体系化し戦略的に行う企業内大学の意義と最新事例
人的資本経営に注目が集まる中、経営戦略と連動した人材戦略を実践していくために、社内の人材育成を体系化したプラットフォームとして企業内大学を開学する企業の報道を目にすることも多くなった。その意義や設計上の留意点、最新の取組みを追った。(編集部)
2020年以降は企業内大学3.0
デジタルプラットフォームが基盤
少子高齢化による労働力人口の減少に伴い、企業にとって人材の確保と育成は、重要課題の一つ。またグローバル化や技術革新が進み、スキルや知識の陳腐化が早まるなか、次世代リーダーやグローバル人材、各分野の専門人材の育成も企業にとって切迫した課題となっている。
こうしたなか、社内の人材育成を体系化し戦略的に行うプラットフォームとして企業内大学(corporate university)を開学する企業の報道を目にすることも多くなった。
背景には、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる人的資本経営との親和性や、コロナ禍によるオンライン上での学びが浸透したことなどが考えられる。
最初の企業内大学は、1956年に米国のゼネラル・エレクトリック社が設立したクロントンビル経営開発研究所といわれている。その後、1961年にマクドナルドがハンバーガー大学を設置するなど、米国内でも広がりをみせた。日本もバブル経済崩壊後、再生への手がかりの一手として米国の企業内大学に注目が集まり、2000年初頭には、企業内大学の設立がブームとなった。
長年、企業内大学について研究してきた、宮城大学事業構想学群の大嶋淳俊教授は、大まかな分類として、2000年代の企業内大学を「1.0」、2010年代を「2.0」、2020年以降を「3.0」と整理する。企業内大学3.0の大きな特徴は、デジタルプラットフォームが基盤にあることだと話す(➡こちらの記事)。また、大嶋氏は近年の日本企業における、人材マネジメントの重要課題の一つが「自律型人材の育成」だとし、自律的なキャリア形成支援のために、企業内大学を機能させることが大切だと指摘する。
企業内大学3.0の特徴がデジタルプラットフォームが基盤にあることだとすれば、LMS(学習管理システム)は企業内大学を支える重要な要素だ。
企業の人材開発を支援するライトワークスの「CAREERSHIP®」は、eラーニング、研修管理、スキル評価など人材育成の全てをマネジメントできる統合型LMS。「CAREERSHIP」は、あらゆる学習を集約・管理できるだけでなく、スキルの可視化による自律的キャリア構築の支援など、ひとの成長に関わる全てに応えるプラットフォーム。現在、上場企業売上TOP100 社の47%が導入している(➡こちらの記事)。
社内講師やコミュニティを活用し
学びあいの文化を醸成
企業内大学のメリットは何だろうか。その一つに社内講師を活用することで、コストを抑えるだけでなく、社員同士の学びあいを促すことが挙げられる。
ソフトバンクで企業内大学に携わり、現在は講師ビジョン代表として研修の内製化コンサルティングや社内講師のトレーニングを手掛けている島村公俊氏は、社員教育を内製化する大きな意義の一つは、社内に学び合う文化を醸成することだと話す(➡こちらの記事)。
島村氏は景気の動向に左右されず、学びの機会を確保して人材が育つ環境を実現するうえで、企業内大学を含めた社員教育の内製化は有力な手段と指摘しつつも、社員教育の内製化を一時的なものに終わらせず、持続的な文化として根付かせるためには、経営陣や役員の積極的なコミットメントが欠かせないと指摘する。
例えば、総合人材サービス事業を手掛けるパーソルテンプスタッフは、2022年4月、企業内大学「Temp University(テンプユニバーシティ)」を開学(➡こちらの記事)。「教え学び合い、共に創り上げる学びの場」をTemp Universityのコンセプトとし、1 年目には15 人の社内講師が誕生した。開学から2年目に入った現在は、社内認定講師の制度化を進めている。
また、総合化学メーカーの旭化成は、人財戦略で掲げる「終身成長」を実現するために、新卒の新入社員を対象とした学び合いのコミュニティ「新卒学部2023」を発足。スクー社と連携し、社内のラーニングマネジメントシステム「CLAP」を活用した人財育成に取り組んでいる(➡こちらの記事)。
人財育成体系を再構築した
商工中金の企業内大学
企業内大学の開学を機に、従来の研修体制も含めて新たに人財育成体系を再構築した取組みある。
例えば、全国47都道府県と海外4か所に拠点を持つ、中小企業専門の金融機関、商工組合中央金庫(商工中金)。2023年4月1日、職員のキャリア自律、リスキリングをサポートする企業内大学「人づくりカレッジ(通称:ヒト☆カレ)」を開校した。
同社ではもともと、銀行業務を習得するための手厚い人財育成体系があったが、「ヒト☆カレ」では、従来の階層別(指名型)研修や業務スキル研修が中心だった研修体制から、ヒューマンスキルなどを加えた手挙げ型の研修を拡充するなど、自らのキャリアアップを目指す全職員を対象に人財育成体系を再構築。職員のキャリア自律やリスキリングをより一層サポートしていく体制を整えた。
「ヒト☆カレ」のコンセプトは「『わかった』から『できた!』へ」。高度な業務スキルとヒューマンスキルの向上を目指し、グループワークやゼミ形式といった双方向型のコンテンツを中心に、外部交流型、体験型プログラムも取り入れ、全職員が手挙げにより受講可能な約100の基礎講座を用意している。
photo by Vahid/ Adobe Stock
ゴールの解像度を上げ
グランドデザインを描くこと
今後も企業内大学の開学を目指す企業は増えていくと思われるが、企業内大学の設計にはどんな留意点があるのか。
戦略的に研修効果を高めるための教育設計の理論であるID(Instructional Design)の専門家であるサンライトヒューマンTDMC代表の森田晃子氏は、効果的に企業内大学を設計するには、まず会社が求めるゴールの解像度を上げてグランドデザインを描くことが前提になると話す(➡こちらの記事)。そしてゴール達成を見極める物差しとなる指標が必要だと指摘する。
また、日本マクドナルドで企業内大学に携わり、人財ラボの代表として、企業内大学の構築支援も手掛ける下山博志氏は、企業内大学の目的を「生存/繁栄」「組織開発/人材育成」の2軸で整理し、4つの象限にまとめている(➡こちらの記事)。
また、今後の企業内大学は、企業環境の変化を捉え、組織だけでなく人材の永続的な成長にも資する戦略的包括組織にならなければいけないと指摘。そのために重要なのが「データドリブン人事」「デジタル化」「ラーニングエコシステム」だと話す。
企業の持続的可能性を実現するために、経営戦略と連動した人材戦略を企業が実践していく上で、企業内大学の在り方は様々といえるが、本特集が企業内大学の構築・見直しの一助となれば幸いだ。