特集1 AIの進化、成長分野から展望する 人材育成の潮流
デジタル技術の急速な進化、人的資本経営への注目の高まり、働き方の多様化、新たな成長分野への対応──。人材育成を取り巻く環境は大きく変化している。特にAIの進化は、人間に求められる能力や組織のあり方を根本から問い直す。本特集では、多様な視点から人材育成の潮流を展望する。
AI時代に求められる
「人間の力」とは
AIが多くの業務を代替していく中で、人間にしか担えない領域とは何か。HR・Ed Tech企業であるInstitution for a Global Society(IGS)の会長CEO・福原正大氏は「人を動機づけることや人と人とのコミュニケーションなど、戦略的かつ高度な非認知能力の領域」こそが人間の役割になると指摘する(➡こちらの記事)。IGSが提供する非認知能力の可視化ツール「GROW360+」は、まさにこうした時代の要請に応えるものだ。
大学教員も務める福原氏は、リーダー人材に求められる能力として「哲学」と「考える力」を挙げる。「常に根本から問い直す力」こそが、世界で戦えるリーダーの土台になると語る。日本の大学教育、特に文系教育の課題にも言及し、知識の伝達中心から「考える力」を鍛える教育への転換の必要性を訴える。
東京大学 松尾・岩澤研究室は、基礎研究の成果を講義や企業との協働、学生の起業支援と結びつけ、イノベーションのスパイラルを生み出すエコシステム構築を目指している(➡こちらの記事)。同研究室の「AI経営寄付講座」では、AIテクノロジーとビジネスの両面を理解する「ブリッジ人材」の育成に取り組む。2024年度の年間受講者は2万7000人を超え、累計の受講者数は9万2000人以上に達している。
また、米マイクロソフトでWindows95等の開発に貢献し、「伝説のプログラマー」とも称される中島聡氏(シンギュラリティ・ソサエティ代表理事)は、DXからAIX(AIトランスフォーメーション)への移行という視点を提示する(➡こちらの記事)。「AIによって、今まで提供できなかった価値が生み出される、新たな次元の変化」が起きるという。
中島氏はAI時代をリードできる人材育成に取り組むとともに、マルチモーダルAI「MulmoChat」やプログラミング基盤「GraphAI」などを開発。「誰もがAIを使って創造できる社会」の実現を目指している。
これからの時代、AIを活用した価値創出が求められる。(画像はイメージ)
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人的資本経営で問われる
組織マネジメントと人材育成
現在、組織開発や人材育成のあり方にも変革が求められている。ソニックガーデンの倉貫義人社長が実践する「管理しない組織マネジメント」は、その先進的な事例だ(➡こちらの記事)。
ソニックガーデンは「管理」と「マネジメント」を明確に区別し、社員のセルフマネジメントを前提とした組織運営を行う。全社員がリモートワークで働きながら、年間継続率95%以上という高い顧客満足度を実現。人材育成では「徒弟制度」を採用し、仕事を「技芸」として捉える独自の世界観を持つ。組織と個人の関係性が変化する中で、「仕事は自己表現の手段」という倉貫氏の言葉は、これからの働き方を考えるうえで示唆に富む。
東洋大学の西村孝史教授は、戦略的人的資源管理(SHRM)の観点から、人事部門の「戦略パートナー」としての役割を論じる(➡こちらの記事)。人的資本経営への関心は高まっているものの、人事部門が本来持つ専門性が十分に発揮されず、経営企画部門や財務部門の下で、データを集めて整理・提供する役割にとどまってしまうことを懸念する。
さらに西村氏は、AI時代においても人が担うべき領域として「感情(エモーション)」「共感(エンパシー)」「経験(エクスペリエンス)」の3Eを挙げ、人的資本を組織能力に変換するメカニズムとしてソーシャル・キャピタルの重要性を説く。
成長分野での人材育成が急務
政府は、AI・半導体、造船、バイオ、デジタル・サイバーセキュリティ、コンテンツ、フードテックなど17の戦略分野に重点的に投資する方針を示している(図参照)。これらの成長分野では、専門人材の育成が急務だ。本特集では、成長分野の中から「フュージョンエネルギー(核融合)」「宇宙」「量子」における人材育成の取組みを取り上げる。
東北大学の笠田竜太教授は、核融合人材育成の重要性を訴える(➡こちらの記事)。内閣府の「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」では、2030年代の発電実証を目指しており、大学院教育を中心とした国際的な人材交流の推進が盛り込まれている。
次世代エネルギーはどうあるべきかについて、多様な価値観や意見が存在する中で、笠田氏は「エネルギー問題を単純化して教育していいのか」という懸念を示し、丁寧な合意形成プロセスが重要だと語る。
宇宙分野では、Space BDが衛星開発の実務を短期間で体系的に学べる教育プログラム「HURDLES」を開発した(➡こちらの記事)。政府は2030年代前半に宇宙産業の市場規模を8兆円に拡大する目標を掲げ、2050年には約16万人の宇宙人材が必要と試算している。同プログラムは「誰でも・短期間で・実務レベルの衛星開発の学びを」というコンセプトで、オンデマンド講座からハンズオンまで4つのメニューを提供する。
量子分野では、QunaSysが「量子人材を創出するエコシステムづくり」に取り組む(➡こちらの記事)。同社は量子技術と既存産業の「翻訳者」となる人材の育成に注力し、企業と学生が協働するインターンプログラムを展開。さらに若年層向けの教材開発も進め、量子知的玩具「PuzMol」やボードゲーム「タイムボムQ」などを通じて、量子技術への関心を喚起している。
2026年の人材育成に向けて
今後の社会動向を展望するうえで、適切な情報の収集と分析は不可欠だ。オシンテックは、世界の政策に関わる一次情報を一元的に提供するサービス「RuleWatcher」を提供(➡こちらの記事)。各国政府、国連関係機関、NGOなど1900団体が発信する300万件以上の文書から、気候変動やサーキュラーエコノミーなどのテーマで情報を整理・可視化する。
オシンテック代表の小田真人氏は「インテリジェンス」の重要性を説き、情報に対して批判的に吟味する時間的投資の必要性を訴える。学校の探究学習分野でも「RuleWatcher edu.」として展開し、世界のリアルな課題に直接アクセスする機会を提供している。
本特集で紹介した各分野の取り組みからは、いくつかの共通するメッセージが浮かび上がる。2026年の人材育成は、テクノロジーの進化に適応するとともに、人間の本質的な価値を再発見し、それを最大限に発揮できる環境づくりが鍵となる。企業、教育機関、政府がそれぞれの役割を果たしながら、新たな学びのエコシステムを構築していくことが求められている。
