AI時代に問われる「人間の力」 リーダー人材に求められる要件
AI活用が進む中で、人事部門は大きな転換期を迎えている。人の能力を可視化するツール等を提供するHR・Ed Tech企業、IGSの会長CEOを務め、複数の大学で教員を務める福原正大氏に、人事領域におけるAI活用や、あるべき人材戦略・人材育成について、話を聞いた。
AIが人事領域に及ぼす影響、
人間が果たすべき役割は何か
福原 正大
Institution for a Global Society株式会社
代表取締役会長CEO
慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)でMBA、グランゼコールHEC(パリ)で国際金融の修士号を最優秀賞で取得。筑波大学で博士号取得。2000年世界最大の資産運用会社バークレイズ・グローバル・インベスターズ(現:ブラックロック)入社。35歳にして最年少マネージングダイレクター、日本法人取締役に就任。2010年、Institution for a Global Society(IGS)株式会社を設立。2024年6月より現職。慶應義塾大学経済学部特任教授、一橋大学大学院特任教授を兼任。「人的資本理論の実証化研究会」共同座長。
── 人事領域でAI活用を進めるうえで、人事担当者にはどのような視点が求められますか。
主に2つの点が重要です。1つ目は、タスクの分解・管理を徹底することです。人事業務は採用・育成・評価・配置など多岐にわたり、それらは様々なタスクで成り立っています。先日、私が共同座長を務める一橋大学の「人的資本理論の実証化研究会」でも議論になりましたが、人事部門に限らず、日本企業は海外に比べるとタスクの分解・管理が進んでいません。
そのため、どのタスクをAIに置き換えられるのかが不明確で、AIを効果的に活用することができていません。一方、海外企業は精緻にタスク管理をしており、日本企業との差は、このタスク管理の精度にあります。
2つ目は、AIに関する最先端の動向を常にキャッチアップすることです。生成AIやAIエージェントも含めて、人事領域で使えるツールの情報を積極的に収集し、理解する必要があります。日本企業の雇用制度は長年にわたり職能型が主流で、海外ツールがそのまま適用できない特殊性もあります。だからこそ、自社に適したツールやアプローチを見極めることが大切です。
── 多くの業務がAIに置き換えられていく中で、人事部門の役割はどのように変わると見ていますか。
人間にしか担えない領域は、人を動機づけることや人と人とのコミュニケーションなど、戦略的かつ高度な非認知能力の領域になっていくでしょう。Institution for a Global Society(IGS)では、企業や学校に対して非認知能力の可視化ツールを提供していますが、それは今後、認知能力(記憶力、計算力、推論する力など)の多くが、AIなどの技術によって代替されることが予測されるためです。人間は、AIが創出する成果をディレクションし、新たな価値を創造する役割へとシフトしていくことになります。
パソコン上で完結する仕事は、ほぼ全てAIに代替される可能性があります。例えば人事採用においても、エントリーシートを読む作業や、面接日程の調整は既にAIエージェントで十分に対応できます。一方で採用した人材の意欲を引き出し、成長を促していくためには、人間ならではの魅力や関わりが欠かせません。
定型業務がAIに置き換わるという未来は、決して悲観すべきことではないと考えます。人間が機械的な作業から解放されることで、人間がより人間らしく生きられる社会が実現すると期待しています。
リーダー人材に求められる
「哲学」と「考える力」
── 福原CEOは海外のビジネススクールでMBAを取得し、現在は慶應義塾大学や一橋大学で教員を務められています。これからの時代、リーダー人材に求められる能力をどのように見ていますか。
世界の名門大学では哲学や思想を重視し、「考える力」を鍛えています。ここで言う哲学とは、何らかの知識を暗記することではありません。常に根本から問い直す力のことです。
教員の言葉をそのまま受け入れるのではなく、「本当にそうなのか」と問い直す。その姿勢の差が決定的な違いを生みます。哲学はリーダー人材に不可欠な「考える力」の土台となります。
現在、日本の大学教育は深刻な課題を抱えています。特に文系教育については、このままでは存在意義が問われるでしょう。アメリカのリベラルアーツ教育では、少人数で徹底的に議論を交わします。一方、日本の大学の教養教育は知識の伝達が中心です。これでは、世界で求められる「考える力」が鍛えられません。
社会人の学び直しについても、課題は山積です。人的資本は他の資本と同様に、何もしなければ時間とともに価値は低減していきます。しかし多くの日本人は、社会に出ると学習を止めてしまい、所属企業に依存したキャリアを歩みます。これでは変化の激しい時代に通用するはずがありません。私たちは、人的資本(スキルやコンピテンシー)の可視化を進めることで、こうした状況を変えていきたいと考えています。
人的資本と企業価値を結ぶ
新たなツールで成長を支援
── IGSでは、今後、どのような取組みに力を入れていきますか。
直近では、人的資本の価値を定量化する人材データ測定ツール「GROW360+(グロー・サンロクマル・プラス)」の展開に力を入れています。
「GROW360+」は人材の気質・コンピテンシー・スキルといった非認知能力を中心に、360度評価によって人材データを可視化します。特許取得の「評価バイアス補正」等、評価者の主観に左右されにくい技術・仕組みを取り入れ、個人の強みや課題を客観的なデータとして把握できる点が特徴です。さらに、国際標準のスキル定義と連動させることで、「どのタスクに、どの能力がどの程度必要なのか」を企業が把握しやすい仕組みになっています。
私たちは、こうしたツールを通じて、人材戦略と経営戦略の判断に必要となる共通の物差しを提供しています。その人材は何を強みとし、どのような方向で成長していくことが望ましいのか。また、自社の経営戦略を実現するためには、どのような能力を持つ人材が必要なのか。「GROW360+」は個人と組織の双方の成長を支援し、人的資本と企業価値を結び付けます。人的資本開示が義務化される中で、この分野へのニーズは急速に高まっています。
そもそも人事の目的は、企業価値を高めることにあります。しかし現状では、人材戦略と経営戦略が十分につながっているとは言えません。タスクを整理し、戦略に応じて必要なスキルを定義する。そのうえで、人間が担う領域とAIを活用する領域を整理する。AIを活用して全体の効率を高めながら、人間は人間らしく働き、企業価値の向上にも結び付くようにすることが重要です。
私たちが目指すのは「人を幸せにする評価で、幸せをつくる人を、つくる」ことです。そのビジョンを実現するために、これからも人と組織の成長を支援していきます。
福原氏は大学教員としても活動(写真は慶應義塾大学経済学部・福原正大ゼミ)。