【音声配信連動企画】AI時代に教育現場が創出すべき価値とは何か 連続起業家が教育の本質を語る
一般社団法人学創機構代表理事であり、横浜市立大学特任准教授・学校法人宇都宮海星学園理事も兼任する宮田純也氏は、ビジネスと教育現場の双方を深く知る稀有な人物である。2026年6月15日に行われた月刊先端教育オンラインのX(旧ツイッター)アカウントの音声配信に登壇した宮田氏に、AI時代における教育の本質的価値と、これからの教師・学校が果たすべき役割について聞いた。
広告営業から教育プロデューサーへ
宮田氏のキャリアの出発点は意外にも広告業界だった。早稲田大学大学院教育学研究科で教育学修士を修めながら、新卒では大手広告会社に入社し、広告営業に従事した。もともと高校で社会科、なかでも公民を教える教員を志していた宮田氏が、なぜ広告の世界に足を踏み入れたのか。
「新卒当時、リンダ・グラットンが書いた『ワークシフト』という本を読んで、サラリーマンとして会社に勤め続けることへの疑問を感じました。自分のキャリアをコモディティ化させない方法を考えたとき、自分で何かをやるしかないという思いが芽生えたんです。当時勤めていた大手広告会社を辞めたいと思いましたね」
退職後、宮田氏は個人事業主として独立し、大学院での研究を実社会に接続させる試みを始めた。広告業界で身につけたマッチングビジネスの発想を教育業界に持ち込み、教員向けの大規模イベント「未来の先生展」を創設。企業の協賛費をベースにした無料参加モデルで全国の先生方へリアルとオンラインで学びの場を提供しながら、アーカイブ配信をサブスクリプション化するという、フローとストック双方の収益モデルを構築した。
「新聞社は印刷コストや販売店ネットワークの維持だけで莫大なコストがかかります。うちはFacebookに集中投下して情報を拡散し、デリバリーコストもほぼゼロという形にした。デジタルで独自のビジネスモデルをつくれていたんです」
こうした取り組みが実を結び、2023年には「未来の先生フォーラム」と株式会社未来の学校教育を朝日新聞グループに参画させ、子会社社長となった。文系の研究成果をビジネスとして社会実装し、大手メディア企業への事業参画にまで至ったケースは、教育業界では極めて異例といえる。
「ベルトコンベア型人生」の終焉とパラダイムシフト
朝日新聞グループ傘下での活動を経て、宮田氏は改めて学校現場への関わりを深め、一般社団法人学創機構(旧・一般社団法人未来の先生フォーラム)として新たなフェーズに入った。教育現場を外側から支援するプロデューサーから、大学教員や理事として内側から関わるようになって見えてきた課題は何か。
「今の日本の教育が抱える問題は、日本社会が抱える問題と相似形をしています。デジタル化への対応、より本質的にはパラダイムシフトが求められているのに、過去の延長線上で対処しようとしているところが根本的な問題だと思います」
宮田氏がとりわけ強調するのが、「ベルトコンベア型人生」の終焉である。明治以降から昭和にかけて社会の前提となっていた「流れに乗っていれば人生が成立する」という生き方は、今や機能しなくなっている。人生100年時代にあって、様々な転換点を主体的に乗り越えていく力が求められるにもかかわらず、学校教育の枠組みはその変化に追いついていない。
「カリキュラム・オーバーロードという形で学校現場の機能不全が指摘されています。○○教育というものをどんどん追加しても、教えるのは先生だけで時間には限りがある。当たり前のことをパッチワーク的に重ねても解決にならない。根本的な構造から見直す必要があります」
AIは「残酷な格差拡大装置」になりうる
教育のデジタル化において、生成AIの普及は避けて通れないテーマだ。文部科学省が公表したOECD国際教員指導環境調査(TALIS)2024によれば、授業等でAIを使用した教員の割合は、OECD平均が約36%であるのに対して日本は約17%にとどまっており、国際的に見て低水準である。その一方で、事務的業務の自動化や児童生徒への個別サポートに役立つという期待感については、OECD平均を上回る割合の教員が肯定的な回答を示している。
「AIが嫌だという人の多くは、テクノロジー全般が苦手な人という印象があります。AIそのものは、難しいことを強制されているというより、使いたい人が勝手に使いながら楽しんでいるという段階です。強制されていやになるのではなく、新しいことが始まるという期待感に近い雰囲気なのではないでしょうか」
生徒側の利用実態についても、日本の高校生は世界的に見てAI活用が進んでいないというデータがある。実際の使われ方はチャットアプリ感覚での軽い利用が大半であり、学習ツールとして体系的に使いこなせている生徒は少ないという。
宮田氏はここで、見逃されがちな問題を鋭く指摘する。AIは活用できる人と活用できない人の間で、アウトプットの差を大幅に拡大させる可能性が高い。
「AIを正しく使いこなすためには、結果の正誤を自分で検証できる学力が必要です。自分で学べる力がなければ、AIが誤ったことを出力しても気づけない。ある経営会議でChatGPTの回答をエビデンスとして提示した方がいましたが、AIの出力はエビデンスにはなりません。AIというのは実は残酷で、使える人と使えない人の差はどんどん広がっていくと思います」
「問いを作る力」こそ教育の本質
では、AI時代に教育現場が創出すべき価値とは何か。宮田氏は明確に答えた。「問いを作る力、すなわちクリティカルシンキング(批判的思考力)を養うことです」
クリティカルシンキングとは、誰かを批判することではない。物事に対して立ち止まり、その正誤を自分で検証し、誤りがあればその原因を考えて修正する思考のプロセスを指す。
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「情報社会では、誰もが情報を発信できるようになりました。生成AIの時代には、さらに情報が情報を自己生成するようになります。人間が発信した情報をAIが読み込んで複製していく時代に、自ら正しい情報をつかんで行動し、修正していく力の重要性は以前よりも格段に高まっています。人生100年時代という長いスパンで考えれば、一つ一つの判断の差が積み重なって大きな差となって現れます」
探究学習の本来的意義と「手触り感」
近年、学習指導要領の改訂を契機に全国的に広がった探究学習についても、宮田氏は核心をついた見解を述べた。編著『SCHOOL SHIFT2』でも取り上げた慶應義塾大学名誉教授・田中茂範氏の定義によれば、探究学習(英語でInquiry-based learning)とは「問いを通して何かを探し求めること」であり、本来は「考えること(thinking)」と「行動すること(doing)」の相互作用、すなわち行動を伴う経験である。
しかし、探究学習の形式だけを導入し、画一化してしまうリスクについては強く警戒すべきだと宮田氏は言う。
「探究とは、本来、自らの価値観やアイデンティティが反映されたオリジナリティのあるものです。テーマ設定に自分が歩んできた歴史や、それによって形成された価値観・問題意識が投影されているから説得力が生まれる。決まったフレームワークに落とし込んで正解を求めるような探究活動は、今までの教育の延長線上に過ぎません。フレームワークや思考ツールはあくまでも本人の思考を深めるツールとして機能しているときに意義があります」
現場の先生がこれを実践するためには、先生自身が問いを持っていなければならない、という逆説もある。
「社会学者のアンソニー・ギデンズが提唱した再帰性(reflexivity)という概念があります。生徒に問いを持つことを助けようとすると、その問いは必ず自分にも返ってきます。先生も人生100年時代においては学びの当事者であるということです。先生自身がアンラーニングし、問いを持ち続けることが、生徒の探究を深める支援にもつながっていくのです」
学校にしかない存在意義とは
生成AIが個別最適な学習支援や知識伝達を担えるようになった今、学校・塾・予備校という教育現場の存在意義はどこにあるのか。
宮田氏はAIが本質的に苦手とすることから考えるべきだと言う。AIは平面的な存在であり、リアルな空間に存在しない。人間同士のリアルな協働、他者との触れ合いによるアイデンティティの深化、モチベーションの向上、公共性や情感の涵養は、AIには代替できない。
「以前、国際バカロレアの授業を見学したことがあります。生徒たちが詩を読んで自分なりに解釈し、ある生徒は俳句にして表現し、ある生徒は絵を使って説明し、またある生徒は解説文として記述して、それをお互いに説明し合うという授業でした。答えのない活動ですが、自分が感じた感覚を他者にわかるように伝えるという、極めて高度な論理表現の活動です。大人は非効率だと思うかもしれませんが、高校生という時期にゆっくり時間をかけて一つの詩を堪能し、共感の輪を広げていく。非常に豊かな時間だと思いました」
こうした場で人と人が触れ合い、その瞬間にしか生まれないセレンディピティや気づきがある。AIには蓄積できない個人の歴史と時間軸を持った人間同士が対話するからこそ生まれる知的火花が、学校という場の根本的な価値なのだと宮田氏は語る。
「学校教育の本質的な目標、すなわち人格の完成と自己実現を通じた社会への貢献という役割は、時代が変わっても変わりません。変わるのはやり方だけです。ただ、そのやり方はマイナーチェンジではなく、かなりドラスティックに変えなければならない部分があります」
教師の役割はファシリテーターへ
こうした教育観の転換は、教師に求められる役割も変えていく。知識を一方向的に伝達する役割から、生徒が知識を組み合わせて何かを創り出していく場をプロデュースするファシリテーターへのシフトが求められる。
「アウトプットにはインプットが必要ですから、知識を教えるという役割がなくなるわけではありません。ただ、生徒が協働しながら何かを創っていくという授業観が、より大きな比重を占めるようになっていきます。教師は学びの導き手であり、創造の共同者としての役割を担っていくのではないでしょうか」
宮田氏はこの配信に先立ち、単著『教育ビジネス-子育て世代から専門家まで楽しめる教育の教養-』(クロスメディア・パブリッシング)を上梓している。また、編著シリーズ最新刊となる『SHOOL SHIFT 3-あなたが未来の「授業」を創造する』も上程し、ユネスコの動向や各地の実践を収録した授業変革の手引きとなる予定だ。AI時代における教育の本質を問い続ける宮田氏の言葉には、ビジネスと教育、理論と実践の両岸を渡り歩いてきた経験から生まれる確かな重みがある。