【音声配信連動記事】音楽×テクノロジー×CVCの最前線 ヤマハはなぜ今、シリコンバレーで動くのか

2026年7月7日、月刊事業構想オンライン、月刊先端教育オンラインが運営するXスペース音声配信番組「進化する構想」にて、ヤマハ株式会社の米国子会社であるYamaha Music Innovations, LLC(以下、YMI)のPresident and CEO、杉野Scott祐介氏をゲストに迎えた対談が生配信された。配信では、楽器シェアNo.1(ヤマハ調べ、2025年3月期金額ベース)の総合楽器メーカーであるヤマハが、なぜシリコンバレーでコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を立ち上げたのか、その背景と現地での試行錯誤が語られた。杉野氏は2026年3月17日、自身の経験をまとめた著書『アクションファースト シリコンバレーで成果を出す日本企業CVC実践論』(幻冬舎)を刊行しており、今回の対談はこの著書の内容を軸に進められた。

Yamaha Music Innovations, LLCのPresident and CEO、杉野Scott祐介氏(YMI提供)

杉野氏はまず、CVCとベンチャーキャピタル(VC)の違いについて、投資のゴール設定の違いを挙げた。VCが純粋なリターンの最大化を目的とするのに対し、CVCは投資先との協業を通じて出資元企業の事業戦略上の目標達成に寄与することが前提になるという。ヤマハという楽器・音響機器メーカーの看板を背負いながら、財務的リターンにとどまらず事業成長へのインパクトをYMIは重視していると話す。

杉野氏自身の音楽との関わりも興味深い。就職活動の際はグローバル展開する日本メーカーなど業界トップの企業群を志望しており、音楽業界そのものへの強いこだわりがあったわけではなかった。音楽との接点は入社後に徐々に広がり、現在は自らラップの楽曲制作にも取り組んでいるという。趣味と実益を兼ねており、現地で自己紹介の際に自分が作ったラップの楽曲を紹介すると、それをきっかけに関係が深まることも。ほかにも以前からの趣味であった水泳やサーフィンを通じて知り合った相手が後に重要な取引先になったなどのエピソードも語られた。

成熟産業のなかで新規事業の種を探す

YMIの構想の出発点にあるのは、楽器市場がすでに成熟段階にあるという認識だ。成熟した産業のなかで次の事業の種をどう見つけるか。この問いに向き合うなかで、既存の枠組みにとらわれない新しい取り組みを模索し始めたことが、シリコンバレー進出のきっかけになったと杉野氏は振り返る。

ヤマハは2024年4月、音・音楽領域のグローバルなオープンイノベーションを強化する目的でシリコンバレーに事業開発拠点(駐在員事務所)を設置し、2025年1月にはこの拠点をYamaha Music Innovations, LLCとして法人化した。さらに2025年5月には、同社が運営するコーポレートベンチャーキャピタル「Yamaha Music Innovations Fund I, LP」が総額5000万米ドルのファンド体制で本格的な投資活動を開始している。杉野氏は、「今と同じビジネスを、自身が定年を迎える25年後、そしてその先も続けられるのか」という危機感が出発点にあったと話す。ニューヨークやロサンゼルスではなくシリコンバレーを選んだ理由については、音楽とテクノロジーが融合するエコシステムとしての親和性の高さを挙げている。また、集まる投資額もほかの地域に比べてけた違いであることも決め手になった。

変わらない音楽体験と、目まぐるしく変わる流通のかたち

音楽とAIをかけ合わせた次世代の音楽体験について問われた杉野氏は、アーティストが音楽を作り、それを人が聴いて楽しむという構造自体は今後も変わらないと述べた一方で、作る過程や聴き方、届き方は常に急速に変化しているとの見方を示した。事業を構想するにあたり、目まぐるしい変化だけに目を奪われるのではなく、あえてこの先も変化しない構造は何かを明確にすることも一つの切り口と考えているという。

現地で得た象徴的な気づきとして紹介されたのが、Spotifyの再生回数データにまつわるエピソードだ。「日本にいるとSpotifyの再生数に応じてクリエイターに報酬が支払われているというイメージがありますが、必ずしもそうではないことがわかりました。意外な発見でした」と話す。また、テキストプロンプトだけで楽曲が生成できる時代において、アフリカなど新興市場の音楽消費の実態が、日本にいては見えてこないスピードで変化している現状に衝撃を受けたと杉野氏は語った。このような現地ならではの発見が、ターゲットとする市場やレイヤーを見極めるうえで重要な手がかりになったとしている。

「表敬訪問」への悪評と、行動で示す姿勢への転換

着任当初、本社側と共有していたのは定性的な目標にとどまり、必ずしも明確なプランがあったわけではなかったという。そのため杉野氏は、まずは1,000社規模で数多くのスタートアップを回り、そのなかから3件ほど協業につなげられればよいという発想で行動を始めた。しかし、やがてこのやり方が間違いであることに気づかされる。多くの企業を訪問して話を聞くだけで実行が伴わない日本企業に対し、現地のスタートアップやVCの間で厳しい評判が広がっていることを、あるメンターから指摘されたのだ。挨拶だけで相手に何も残さない「表敬訪問」はシリコンバレーでは通用しないどころか、ヤマハのブランド価値を損ないかねない。日本的な「擦り合わせ」の文化がそのままでは通用しない環境であることを痛感したという。

この状況を打開するため、杉野氏が意識したのは、打ち合わせの場に条件が整えばすぐに提供できる具体的な提案やリソースを持参し、行動する意思をその場で示すことだった。相手が提案を受け入れるかは別として、組むことで得られる互いのメリットや提供できる材料、提案材料などを早い段階から明確にしたうえで臨む姿勢そのものが信頼構築の出発点になるとの考えを示した。この発想が、著書のタイトルにもなっている「アクションファースト」につながっている。 

意思決定スピードの壁をどう越えたか

日本本社との意思決定スピードの差は、シリコンバレーで活動する多くの日本企業が直面する課題である。杉野氏は、現地法人化によって一定の権限委譲を受けたうえで、案件の重要度に応じて本社承認が必要なラインを明確に切り分け、自ら決め切る体制を整えたと説明した。あわせて重視したのが、本社への事前の情報共有をこまめに重ねることだ。判断材料を早い段階から共有しておくことで、本社側が承認しやすい状況を意図的につくり出しているという。本社側が判断する以前の状況は早くからこまめに共有し、本社は判断するだけという段階まで整えておき、本社側が判断しなければならない点を極めて簡単かつ少ない状態になるようにすることで、本社側も素早く判断でき、結果として迅速な行動ができるようになると話した。この素早い行動は後に協業件数の増加という結果をもたらしていく。

信頼の輪への入り方と協業実績の広がり

杉野氏によれば、協業は現時点ですでに十数件にのぼるという。早いペースで実績を重ねてきた背景には、現地でパートナーを探す際に相手先を実績と信頼度に応じて階層的に捉える発想があると杉野氏は説明した。いきなり最上位層のスタートアップや投資家にアプローチするのではなく、比較的組みやすい相手との協業を積み重ねて実績と信頼を築き、段階的に上位層へとアクセスを広げていく戦略である。実際にYMIは、音楽データセットを提供するRightsify、約100万人のアーティスト・クリエイターと業界関係者をつないできたプラットフォームのGroover、特許分析のDataFalcon、音楽トレンド分析のChartmetric、東南アジア最大のエンターテインメント企業POPSなど、幅広いスタートアップ・事業会社との協業を短期間で積み上げてきた。こうした実績の蓄積が、シリコンバレーのインナーサークルにおける信頼獲得につながったといえる。

クリエイターエコノミーの未来とYamaha Creator Pass

今後の構想について杉野氏は、自ら音楽を作り発信する個人がヤマハにとって重要な顧客層になるとの見方を示した。ハードウェアである楽器の強みに、ソフトウェアやサービスを組み合わせることで、誰もが創作し発信できる環境を整えていきたいという。この構想を体現する取り組みが、2026年3月に発表され、SXSW(3月13日〜15日)で披露された「Yamaha Creator Pass」である。

SXSWでのデモの様子(YMI提供)

Output、LANDR、Riverside、Grooverをはじめとする21のパートナープラットフォームを一つのYamaha Creator IDのもとに束ね、楽曲制作からポッドキャスト制作、配信、収益化までを単一のサブスクリプションで支援するサービスで、月額9.99米ドルから利用できる。

10年後、音楽産業とヤマハが目指す姿

10年後の展望を問われた杉野氏は、音楽を作る人と、それを聴いて楽しむ人が存在するという構造自体は変わらないと改めて述べたうえで、その作り方や聴き方を支えるプラットフォームは今後も進化し続けると語った。これまでハードウェア中心に事業を展開してきたヤマハが、ソフトウェアとの組み合わせによって音楽体験の変化そのものをリードする存在になっていたい、というのが杉野氏の描くビジョンだ。「創作活動の上流から下流まで一気通貫でヤマハが関わることができる状態を目指します」と話す。

締めくくりでは、著書『アクションファースト シリコンバレーで成果を出す日本企業CVC実践論』が改めて紹介された。対外的なスタートアップとの向き合い方だけでなく、社内・本社をどう巻き込み動かしていくかという視点も盛り込まれており、日本企業でCVCや新規事業、海外ビジネスなどに携わるビジネスパーソンにとって実践的な内容になっている。


プロフィール 杉野 Scott 祐介(すぎの ゆうすけ)

Yamaha Music Innovations President & CEO。2008年にヤマハ株式会社入社後、半導体事業の営業として世界的IT企業との取引を担当。その後、MBAを修了し、経営企画部門や欧州拠点での事業戦略・経営管理を歴任。2024年よりシリコンバレーを拠点に、音楽・テクノロジー領域の新規事業創出やスタートアップとの協業、投資を推進している。2025年には5000万ドル規模のCVCファンド設立を主導し、音楽・クリエイター領域のイノベーション創出に取り組んでいる。

月刊事業構想オンラインを運営する事業構想大学院大学は、新規事業の立ち上げなどを目指すビジネスパーソン向けの大学院大学として、説明会やイベントを随時開催している。

本記事は、月刊事業構想オンライン・月刊先端教育オンライン公式Xスペース「進化する構想」(2026年7月7日配信)の内容をもとに構成した。配信のアーカイブは下記URLから視聴できる(公開期間は配信プラットフォームの仕様によるため、留意されたい)。

配信アーカイブ:https://x.com/i/spaces/1pKkOOVlrnNKj?s=20