【文科省議事録詳報・前編】「政治家への支持、推し活の延長上でよいのか」中教審WGが問う主権者教育の物差し
中央教育審議会初等中等教育分科会の教育課程部会に置かれた社会・地理歴史・公民ワーキンググループが2026年4月24日に開いた第7回会合の議事録が、7月8日、文部科学省のウェブサイトで公開された。次期学習指導要領の改訂に向けて、この日のテーマとなったのは、主権者教育の充実と、学校外の施設・人材との連携という二つの論点である。事務局は、児童・生徒の社会参画意識を高めるため、主権者教育で実践的な活動を重視する方向へ見直す方針を示した。
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成年年齢引き下げとこども基本法が背景
議論の前提となったのは、社会情勢の変化である。民法改正によって成年年齢が18歳へ引き下げられ、子どもの意見表明や社会参画の機会確保を定めたこども基本法も施行された。政治や社会は、以前よりも子どもたちにとって身近なものになっている。ところが事務局が配付資料で示した現状によれば、生徒の社会参画意識は上昇傾向にあるとはいえ諸外国と比べて依然として低く、10代の投票率も全体を下回る水準にとどまる。学校と選挙管理委員会や地方自治体との連携も限られているという。こうした認識のもと、事務局は模擬選挙や模擬請願といった実践的な活動を充実させる方向性を打ち出した。
体験の後の振り返りを重視
この日の中心となったのが、岡山大学学術研究院教育学域の桑原敏典教授による報告「主権者教育の課題と今後のあり方」である。桑原教授はまず、現在の主権者教育が抱える課題を率直に指摘した。多くの取り組みが投票率の改善そのものを目的にしてしまっており、その結果、主権者教育は選挙にまつわる特別な教育であって、社会科や公民科の担当教員、あるいは選挙管理委員会などの外部機関だけが担う専門的なものだ、という誤解が広がっているというのである。
桑原教授が提示したのは、この構図を反転させる考え方だった。主権者教育とは「主権者になる」ため、「主権者を育てる」ための教育であり、何かを新たに付け加える特別な活動ではなく、学校で行われているさまざまな教育活動を主権者育成という観点から見直し、改善するための視点だ、という位置づけである。だからこそ重要なのは体験活動そのものではなく、その体験を振り返る学習だと桑原教授は続けた。模擬投票を経験させることが目的なのではなく、その過程で自分がどう考え判断したのか、それが主権者としてふさわしいものだったのかを、学習者自身が振り返ることにこそ意味があると話した。
制度暗記よりも子ども自身の価値観醸成
こうした転換を、桑原教授は「べき」から「べきか」への転換という言葉で表現した。「投票すべきである」という答えへ導く指導ではなく、「本当にこの方法で投票すべきなのか、ほかに自分の考えを社会へ反映させる手立てはないのか」を問わせる学習へと軸足を移すという提案である。あわせて、メリットとデメリットを量的に比較して決めるのではなく、自分の考え方や価値観と解決の方向性が一致しているかどうかを踏まえて意思決定する学習へ進むべきだとした。制度や仕組みそのものを覚えるのではなく、その背後にある自由や権利といった価値を探究し、最終的には子ども自身が民主主義についての自分なりの考え、すなわち民主主義観を形づくっていく。桑原教授はこの目標を小学校から高校まで一貫して追求すべきだと述べ、小学校段階から自由や権利といった価値について考えていく重要性を強調した。
地域社会との連携についても、桑原教授は具体的な実践例を挙げた。中学校社会科地理的分野の「地域に届けるハザードマップをつくろう」という授業では、子どもたちが作った独自のハザードマップを、専門家である消防士が作ったものと比較し、両者が熟議を重ねる。そこでは専門家の意見が正解として示されるのではなく、子どもの意見の良い点も取り入れられて新たなマップが仕上がっていく。桑原教授は、外部人材が教師に代わる専門家として学習に介入するのではなく、地域社会をともに構成する市民として子どもと一緒に学ぶ関係こそ主権者育成につながると述べた。
ホームルームなどの特別活動が核、との意見相次ぐ
意見交換では、桑原教授の問題提起に共感が集まった。諸富徹委員(京都大学公共政策大学院教授)や杉山清彦委員(東京大学大学院総合文化研究科教授)は、主権者教育が選挙関連の専門的な教育だと誤解されている現状そのものに驚きを示し、目標を定義し直す必要があると応じた。
複数の委員が着目したのが、特別活動との関係である。宇津川喬子委員(奈良女子大学研究院人文科学系人文社会学領域准教授)は、生徒会活動や学級・ホームルーム活動といった特別活動こそが小中高における主権者教育の核であり、そこで完結していると言ってもよいほどだと述べた。大村龍太郎委員も、特別活動が「模擬でも未来でもない」点を特質として挙げ、学校生活それ自体をよりよくしていく民主主義的な営みだと位置づけた。ただし大村委員は、社会科と特別活動それぞれの特質を生かしたうえで連携すべきであり、社会科と特別活動を連携させること自体が目的になってしまうと、それぞれの教科・活動が持つ独自の役割がおろそかになる危うさがあると注意を促している。
社会科という教科の守備範囲をめぐる論点も出た。鈴木裕行委員(練馬区立谷原中学校校長、全国中学校社会科教育研究会会長)は、主権者教育が学校教育全体に関わるものである以上、まず全体像を体系的に示したうえで、社会科として何をどこまで担うのかを整理すべきだと指摘した。歴史学習のなかに社会参画の視点を組み込む重要性を説いたのも鈴木委員であり、この点は歴史を専門とする杉山委員も同調した。
政治家への支持、「推し活」の延長上でよいのか
現在の若者を取り巻く情報環境に踏み込んだのが山田圭一委員(千葉大学大学院人文科学研究院教授)である。18歳から20歳が投票の際に最も影響を受けるメディアはSNSであり、しかもその中心はショート動画や切り抜き動画に移っている。山田委員は、学校でどれほど偏りのない授業をしても、生徒が現実に接するのは偏った情報が仕組みとして届けられる環境だと述べ、そうした状況のなかで何を根拠に判断すべきかを考えさせる授業こそ、いまの主権者教育の要になると訴えた。
そのうえで山田委員は、桑原教授が示した「その判断が主権者としてふさわしいものだったかを振り返る」という視点を引き受け、これをSNS時代の判断力の問題に結びつけた。投票率が上がることや政治への関心が高まること自体は目的ではなく、その関心の持ち方が主権者としてふさわしいかどうかが問われるべきだという。山田委員が挙げたのが、アイドルを応援する「推し活」との対比である。推し活そのものは問題ないが、単純接触効果によって繰り返し見た動画への好感がそのまま支持につながるような形で政治家を応援するのは、主権者としてふさわしいとは言えない。この違いを見極める力を育てることこそ主権者教育の要になると訴え、生徒が実際に情報源としているSNSの動画を授業の教材として使い、その内容を鵜呑みにしてよいのかを考えさせる授業の必要性を説いた。
政治的中立性のとらえ方も繰り返し話題にのぼった。額田みさ子委員(額田・井口法律事務所弁護士)は、中立性に気を遣うあまり政治的な課題を授業で取り上げてこなかったこれまでの傾向を課題として挙げ、特定の見解を伝えることさえしなければよいという趣旨は文部科学省や総務省からも示されていると指摘した。石井英真委員(京都大学大学院教育学研究科准教授)も、政治的中立とはすべての話題から距離を取ることではなく、さまざまな議論がどのような座標軸の上にあるのかを見極める力を育てることだと述べている。
寺田麻佑委員(一橋大学大学院ソーシャル・データサイエンス研究科教授)は、模擬選挙に偏りがちな現状を踏まえ、地方議会の議員に学校現場で役割を果たしてもらう連携をより明確に打ち出すことや、法教育を組み込むことを提案した。国際比較データの扱いについては、杉山委員と寺田委員がそろって慎重な姿勢を示し、回答の仕方に文化差があることや、選挙制度を持たない中国を比較対象に含める点への疑問を挙げた。
土井真一主査(京都大学大学院法学研究科教授)は、この論点について大方の委員から賛同が得られたとして、この方向で改善を進めたいとの意向を示した。学校外施設・人材との連携、そして評価の在り方をめぐる議論は後編で報告する。