【院生インタビュー】ロボットSIer会社社長が学び直しで手にした新しい発想と縁 興和オプトロニクス取締役・桑原伸一郎氏
工場や店舗の無駄をなくすために本当に必要なのは、機械そのものではなく「現場の情報」である。興和グループの光学部門を担う興和オプトロニクス株式会社(本社・名古屋市)で取締役を務める桑原伸一郎氏は、そう言い切る。桑原氏はもともと、工場にロボットを導入して自動化の仕組みをつくる株式会社テックメイクを経営していた。2021年に興和オプトロニクスの資本参加を受けて興和グループの一員となり、そのM&Aをきっかけに同社へ参画した。現在は働きながら事業構想大学院大学(東京・南青山)で学んでいる。3つの事業を束ねる戦略と、大学院で得た視点を聞いた。
ロボットの機能について説明する桑原氏
レンズの会社が、工場の自動化と建築まで手がける
興和オプトロニクスは1946年設立。祖業であるレンズやカメラの技術を土台に、現在は3つの事業部を持つ。カメラで対象を捉えて画像を解析する「ビジョンセンシング事業部」、工場にロボットを導入して人手作業を自動化する「システムインテグレーション事業部」、そして太陽光発電や、省エネ設計で建物のエネルギー消費を実質ゼロに近づけるZEB(ゼブ)と呼ばれる建築を手がける「GXコンストラクション事業部」である。カメラと、ロボットと、建物。一見バラバラに見えるが、桑原氏はこの3つを「現場の無駄をなくすためのひとそろいの道具」と捉えている。
「情報」が要になる背景
3つの事業がひとつにつながる鍵が、冒頭の「現場の情報」である。かつての顧客は「この工程で作業が滞っている」と原因を自分で特定したうえで、その解決を依頼してきた。ところが今は「売上が伸びない」「利益が出ない」と問題は分かっていても、工場や店舗のどこに原因があるのかを自分では突き止められない顧客が増えているという。原因を突き止めるには、まず現場で何が起きているかを数字と映像で正確に記録すること、つまり「見える化」が欠かせない。この見える化の道具こそが、同社が祖業から磨いてきたカメラの技術なのである。
建物ごと提案できる強み
カメラで現場を見える化した先に、ロボットと建築の出番がある。桑原氏がいま特に注目しているのは、建築費の高騰だ。ロボットは人と違って空中の空間も使えるため、うまく導入すれば設備を縦に積み重ね、工場の床面積そのものを小さくできる。床面積が小さくなれば建築費は下がる。そこで同社は、装置を小さく設計するだけでなく、柱の位置や建物の構造まで含めて、生産ラインにぴったり合った工場を丸ごと提案する。さらに、電気を多く使う装置の稼働状況もカメラで見える化し、電気の無駄を減らすところまで一体で引き受ける。加えて、AIの活用については興和グループの興和AIソリューションズ株式会社が社内リソースとして担っており、カメラ、ロボット、建築、AIの4つが社内に揃っているからこそできる提案だと桑原氏は語る。
海外でも「売って終わり」にしない
この「売って終わりにしない」姿勢は、海外展開の進め方にも表れている。工場の設備は売った後の点検や修理が欠かせず、現地にその体制がなければ顧客の信頼は得られない。そこで同社は、海外に一から拠点をつくるのではなく、すでに現地で実績のある同業の会社を買収して仲間にする道を選んだ。シンガポールでは同業の会社をグループ化し、スペインにも拠点を持つ。北米についても、提携や買収の候補となる会社の調査を進めているという。
大学院で学び直した、切実な理由
こうした事業の構想を練るうえで、桑原氏を支えているのが大学院での学びである。入学の動機は切実だった。約60名の会社を経営していた頃は、誰かに説明しなくても自分の判断で物事を進められた。ところが買収を経て大企業グループの一員になると、新しい事業を経営陣や社外の関係者に説明し、納得してもらう場面が急に増えた。頭の中に理屈はあっても、それを人に伝わる形に組み立てる方法を持っていなかった。その方法を学べる場所を探して、事業構想大学院大学にたどり着いたのだという。
「主役でなくてもいい」という発見
入学して得たものは、説明の技術だけではなかった。それまでの桑原氏は、人手が足りずに困っている工場を助ける、という発想でしかロボットを考えていなかった。しかし教員や異業種の院生と議論を重ねるうちに、まだ誰も気づいていない需要を掘り起こす考え方を学んだ。「チームの中で4番でピッチャーでなければ構想を立ててはいけないと思い込んでいた。しかし主役でなくても必要とされる存在はいくらでもある」。困りごとの解決だけでなく、街おこしや芸術のような分野でロボットが脇役として活躍する。そんな事業の可能性に気づいたことが、大学院がもたらした最大の変化だという。
AI時代に価値を生むのは「その現場にしかないデータ」
視野の広がりは、在学中に急速に進化したAIの捉え方にもつながっている。桑原氏の見立ては明快だ。AIの賢さそのものよりも、AIに覚え込ませる情報の質が価値を分けるという。誰でも手に入る情報を与えれば、ありきたりの答えしか返ってこない。一方で、引退が近づく熟練職人の勘やコツ、店舗でお客がどの棚を見て何を買ったかといった、その現場でしか集められない情報を、外部に漏らさない形でAIに与えれば、その現場に合った精度の高い答えが得られる。
ロボットに指示を入力し、記憶させている作業。どのような指示をロボットに入力するかの判断は人間が行う
そして、この考えは同社の事業の形そのものを変えようとしている。カメラとロボットで現場だけの情報を集め、分析して助言するだけで終わらせず、ロボットの導入から建物づくりまで解決策を実際に形にして届ける。この一気通貫の体制こそが同社の強みだと、桑原氏は強調する。
経営者へのメッセージ
インタビューの最後に、幹部人材の育成を考える経営者に向けたメッセージを聞いた。小さな会社の経営者は日々の仕事で手一杯になりがちだが、大きな組織で新しい事業を任される立場の人にこそ、大学院での学びは価値がある。仕事の利害と関係のない場で、前向きな仲間から刺激を受けられる機会は、年齢を重ねるほど得がたくなる。「2年間は決して長くない。その価値は十分にある」。会社の買収という転機が学びへの扉を開いた経営者の言葉には、実感がこもっていた。
プロフィール 桑原 伸一郎(くわはら しんいちろう)
興和オプトロニクス株式会社 取締役事業部長。30年以上にわたりロボットシステムインテグレーション事業に従事し、生産設備の自動化やFAシステムの構築を推進。現在は国内外の新規事業開発を担当し、ロボティクス、Physical AI、再生可能エネルギー分野を中心に事業を展開している。事業構想大学院大学にて新規事業創出を研究し、技術と経営を融合した価値創造に取り組んでいる。