【議事録詳報】AIで変わる生命科学研究基盤、三事業の連携・データ統合・量子コンピューター活用まで白熱議論

文部科学省は6月2日、科学技術・学術審議会 ライフサイエンス委員会 基礎・横断研究戦略作業部会(第13期〜)(第4回)の議事録を公開した。同会議は令和8年4月22日にオンラインで開催されたもので、2026年度末に期限を迎える三つの主要なライフサイエンス研究基盤事業について、次期事業に向けた見直しの方向性が集中的に議論された。

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三事業が岐路に

今回の作業部会で議論の中心となったのは、いずれも2026年度末に現行の事業期間が終了する次の三事業だ。

研究に用いる生き物(マウス・線虫・魚類など)を全国の研究者のために収集・保存・提供する「ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)」、生命科学に関する膨大なデータを統合・検索できるようにする「ナショナルライフサイエンスデータベースプロジェクト(NLDP)」、そして創薬等に使う最先端の研究機器と専門スタッフを研究者に提供する「生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)」の三つである。

主査の杉本亜砂子・東北大学大学院生命科学研究科教授が議事を進行し、各事業の現状と課題、今後の方向性についての審議が行われた。

共通の課題は「持続可能性」「データ連携」「人材確保」

三事業を通じて共通して指摘されたのは、主に以下の三点だ。

まず財政の持続可能性。いずれの事業もこれまで原則無償または低廉な価格でサービスを提供してきた。この理念は維持しつつも、高額試薬の大量使用や大型機器の長時間利用などについては、相応の受益者負担を求める仕組みの検討が必要との認識で委員間に合意があった。

次にデータの横断的活用。三事業がそれぞれ保有するデータをバラバラに管理するのではなく、事業間で横断的に利活用できる体制の構築が急務とされた。

そして高度支援人材の確保。AI人材やデータサイエンティストといった専門性の高いスタッフが各事業で恒常的に不足していることが繰り返し指摘され、安定した雇用・キャリアパスを整備する必要性が示された。

NBRP 「日本発のリソース」を世界基準へ

NBRPをめぐっては、武田洋幸・京都産業大学生命科学部教授が「非モデル生物という表現では対象が際限なく広がってしまう」と文言の曖昧さを指摘。「特定の生命現象を解析するのに適した生き物を選定する」という趣旨をより明確にすべきとの意見が出た。

また、日本固有の生き物や地域特性のあるリソースについても「発掘にとどまらず、それを世界に向けて発信・提供することまで明記すべき」(武田委員)とされた。

ゲノムデータの管理については杉本主査が問題提起。現状では各生物ごとに独自のデータベースが乱立しているため、NLDPへのデータ統合や共通管理の検討を促した。坂内博子・早稲田大学理工学術院教授(主査代理)はデータキュレーション専門人材の必要性を補足し、武田委員も「横串を刺して整備できる人材が圧倒的に足りない」と現場の実態を語った。

NLDP バラバラなデータを束ねる「司令塔」の整備を

NLDPについては、AIの急速な進化を踏まえ、従来の「データを蓄積・検索するデータベース」から、AIモデルの開発・活用を支えるナショナル・データプラットフォームへの転換を目指すべきとの方向性が打ち出された。米国のNCBI(米国国立生物工学情報センター)や欧州のEBI(欧州バイオインフォマティクス研究所)のような、国全体のデータを統括する司令塔機能を持つ組織の設置が議題となった。

「司令塔」のあり方については、夏目やよい・医薬基盤・健康・栄養研究所委員が「強権的なトップダウンではなく、各データベースが同じ方向を向けるよう調整・取りまとめる場所のイメージ」と説明。そのNLDPが担うべきか、別組織を設けるかは継続審議とされた。

鎌田真由美・北里大学未来工学部教授は「データ登録時のオントロジー(共通の用語体系)やメタデータ標準を統一することで、後から統合する際の手間を大幅に省ける。NLDPにはその指示出しの役割を担ってほしい」と述べ、標準化の重要性を強調した。

BINDSでは量子コンピューターの活用も視野に

BINDSについては第2期の「最先端機器と高度人材をセットで無償提供する」という理念を踏襲しつつ、研究者・産業界のニーズを踏まえた機器の計画的な更新と、機器から生まれたデータの体系的な集積・活用が求められた。

高鳥登志郎・日本製薬工業協会研究開発委員会 創薬研究部会長は、次期事業に向けて量子コンピューターの創薬応用(分子シミュレーションの精密化や化合物候補の高速探索)を先端技術基盤に加えることを提案。「この5年間で確実に実用化が進む分野であり、早急に対応すべき」と述べた。

また、夏目委員からは「BINDSの相談窓口(コンサルテーション機能)を強化し、そこからNBRPのモデル生物を紹介するなど、三事業を横断する案内ができると研究者にとって非常に使いやすくなる」との提案があった。

三事業の連携強化と「実効性」の確保が焦点に

総合討論では、三事業のいっそうの連携が繰り返し強調された。杉本主査は、三事業全体を俯瞰して研究者を適切な窓口につなぐ「コンシェルジュ的な人材」の育成・雇用が今後の重要な課題になりうると述べた。夏目委員はこれに対し、「刻一刻と変わる情報を一人の人間がすべて把握し続けるのは困難。AIによる情報把握・提案の仕組みをNLDPが担うことが親和性として高いのでは」と応じた。

一方、岡田随象・東京大学委員は「こうした場での方向性は正しくても、実際の運用では縦割りが残り、形だけ連携というケースは珍しくない」と釘を刺し、施策の実効性の担保と評価・フィードバックの仕組みの必要性を指摘。さらに「NBDCへのデータ登録時に倫理審査が二重にかかる問題が、現在の日本のゲノミクス研究を大きく阻害している」と改善を強く求めた。

関連する新たな国の施策も始動

会議ではあわせて、関連施策の状況も報告された。

AIを活用して研究開発を加速する国の方針「AI for Science」では、研究開発期間を10分の1に短縮することを目標の一つに掲げており、令和7年度補正予算でチャレンジ型50億円(1課題500万円上限、約1,000件採択予定)とプロジェクト型320億円が措置された。チャレンジ型は会議時点の令和8年4月17日から公募が始まっており、プロジェクト型は基本方針を同年4月に発表し、準備が整い次第、公募を開始するとされていた。

また、大学が保有する高額機器の共用システムを整備する新事業「EPOCH」も令和8年3月31日に公募が開始されており、BINDSやマテリアル分野のARIMとの連携も構想されている。

今後のスケジュール

同作業部会での議論内容は、令和8年4月27日開催のライフサイエンス委員会で杉本主査より中間報告が行われた。6月上旬には第5回作業部会が予定されており、報告書の素案をまとめ、最終的な提言の取りまとめに向けた審議が続く。

出典:文部科学省「ライフサイエンス委員会 基礎・横断研究戦略作業部会(第13期〜)(第4回)議事録」(令和8年4月22日開催、令和8年6月2日公開)