ケニアの教室で芽生えた志 国際協力の担い手を世界へ

林野庁で約35年、国際機関やJICAへの出向を重ねながら、途上国の森林・農村開発に携わってきた井上泰子氏。ケニアの小学校で授業をした経験から大学教員を志し、実務家教員養成課程の受講を経て、2026年4月に日本大学の教授に着任した。その道のりと現在地を聞いた。

ケニアの小学校での授業が
大学教員を目指す原点に

井上 泰子

井上 泰子

日本大学国際関係学部国際総合政策学科 教授
1989年明治大学農学部卒業。1991年に農林水産省林野庁に入庁。JICA専門家としてインドネシアのマングローブ林資源保全に携わったほか、国連世界食糧計画(WFP)、JICAモザンビーク森林管理能力強化アドバイザー、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)バイオエネルギー分析官、JICAケニア森林セクター強化・気候変動レジリエンスプロジェクト専門家などを歴任。ロンドン大学キングス・カレッジ、イェール大学で修士号を、2017年に東京大学で博士(国際貢献)を取得。2026年4月より現職。

林野庁時代のケニアでの活動の様子。

現在、日本大学国際関係学部で教授を務める井上泰子氏。前職である林野庁には1991年に入庁し、約35年にわたって国際協力の分野でキャリアを重ねてきた。国際機関やJICAへの出向が続き、インドネシアやモザンビーク、ケニアなどで、アドバイザーとして相手国の政府職員を指導する立場にあったという。2006年には東京大学大学院総合文化研究科の「人間の安全保障」プログラム(HSP)に入り、2017年に博士号を取得したが、それも仕事のためだった。

「途上国で要職にある人たちの多くは博士号を持っており、それがないと仕事がしにくかったのです。当時は、教員になることはほとんど考えていませんでした」と井上氏は語る。転機は、JICAの専門家としてケニアに赴任していた2024年頃。現地の小学校で青空教室を実施したことが、大学教員という道を意識するきっかけになった。

「小学生に向けて授業をしていて、学校の先生という職業はすごく面白いと思ったのです。もしかしたら自分に向いているかもしれない、と。もっとも、先輩や周りの人たちといろいろな国で仕事をする中で学んだことを、若い世代に返したいという思いは以前からありました。日本の国際協力を担える人、国際的な問題を解決できる人を育てていかなければ、ということもずっと考えていました」

当時、すでに大学教員になっていた学生時代からの友人に教わり、研究人材の求人公募情報ポータルサイト「JREC-IN」から公募に挑んだこともある。

「6校ほどに応募したのですが、書類選考で全て不合格でした。そしてそのJREC-INで目にしたのが、『実務家教員養成課程』の告知だったのです。2025年4月から受講を始めました」

応募書類を全面的に書き直し
「発想の転換」で道を拓く

実務家教員養成課程での学びは、現在の授業にも直結している。

「自身の学生時代にはなかったアクティブラーニングの手法を知りましたし、毎回の講義後にコメントシートを書く仕組みは、自分の授業でも取り入れています。また、受講生同士で応募書類を見せ合い、助言し合う授業も大変参考になりました。以前6校の大学に落ちた書類が、全くなっていなかったことが本当によくわかったのです。社会の第一線で活躍してきた方たちが、自分のキャリアを応募書類でどう表現しているかを見せてもらい、非常に勉強になりました」

専門分野についての助言も役立った。それまでは自身の専門である農学や森林の分野で大学の公募に応募していたが、受講生や講師から「国際関係の分野で受けた方がよいのでは」と勧められた。実際に書いてみると、応募書類は格段に書きやすかったという。国際関係の分野で初めて応募したのが、日本大学国際関係学部だった。

「日本大学への応募に当たっては、国連でジェンダー分野を担当した経験を自身の強みとして整理しました。また、大学のシラバスや既存の担当科目を調べ、大学がどのような講義を求めているのかを把握することにも努めました。こうした大学のニーズを的確に捉え、それに応じた授業を設計する視点は、まさに養成課程で学んだことです。その学びを応募準備に生かしたことで、着任に向けた準備も着実に進めることができました。現在は、『ジェンダーと社会』の授業を担当しています」

同大学の2次試験は模擬授業だったが、それも養成課程での学びが支えになった。講師に相談したほか、すでに教員として活躍していた修了生に、厚意で模擬授業の練習を見てもらったのだ。

「これらのアドバイスがなかったら、絶対に受かっていなかったと思います。仕事でやってきたプレゼンテーションと、授業で求められる説明の仕方は全く別物なのだと、改めて教えていただきました」

実務家が大学教員に転身するために必要なことを尋ねると、井上氏は「発想の転換」を挙げた。

「履歴書は出向のたびに書いていて、必要なことは網羅できているつもりでした。しかし、アカデミックな場でどう書けば分かりやすく伝わり、受け入れられるのかはまた別でした。発想の転換が必要で、教わらなければできなかったことが多々ありましたね」

自分の頭で考え、問題を
解決できる若者を世界へ

日本大学での授業の様子。

この4月の教授就任から約半年。週8コマの授業を準備する日々で、眠れないほど忙しいという。

「それでも毎日すごく楽しく、想像以上にやりがいがあります。学生たちはみんな素直で、きらりと光るものを持っている子がたくさんいます。もともと人前で話すのは苦手で、90分話すためにその10倍の時間をかけて資料を作るような感じでしたが、日本大学で前期に105回の授業をこなした後、久しぶりに一般向けセミナーで1時間ほど話すと驚くほど楽に感じました。105回もやると話すこともさすがに鍛えられるのだと、感動しました」

授業では、現場で撮りためた写真やケニアの動画などを学生に見せている。国際協力の道に進むことを希望する学生が多く、「実感を持って話が聞けた」という反応が返ってくるという。9月に始まった「アフリカ・アジアの農村開発」のゼミには、60人もの応募があった。

「学生からさまざまな相談を受けますが、過去の仕事で苦労したことや失敗した経験がむしろ今は加点になり、役立っています。そこが教員という仕事の面白いところだと思いました」

今後は、採択された科研費による研究にも力を注ぐ。対象は、自身が出向して携わってきたアジアやアフリカの農村開発で、その比較研究に取り組む。

「プロジェクトとしてやってきたことを研究としてきちんとまとめ、今後の技術協力に貢献したい。そしてゼミや授業を通じて、自分の頭で考え、問題を解決できる力をつけた若者を世界に送り出していきたいと思っています」