研究と教育を行き来して得た学びを、次の世代へ手渡す
2021年8月号の本連載で紹介した山崎政行氏。その活動は、この5年で2つの大学の非常勤講師に加え、全国各地での研修講師、中央畜産会の委員会活動、博士論文執筆へと大きく広がった。金融を軸に研究と教育を行き来する山崎氏が、今だから言える実務家教員養成課程で得た学びについて語った。
東京農大で専門の金融論を担当
山崎 政行
山崎農業経済研究所 所長
千葉県立農業大学校 非常勤講師、東京農業大学 非常勤講師
東京農工大学農学部卒業後、1983年農林漁業金融公庫(現、日本政策金融公庫)入庫。融資企画や再生支援業務等に従事し、2019年定年退職。2020年社会情報大学院大学(現、社会構想大学院大学)実務家教員養成課程を修了。2021年より千葉県立農業大学校、2025年より東京農業大学にて教鞭を執る。
2021年の取材時、山崎氏は千葉県立農業大学校で非常勤講師として「フードシステム論」の授業を担当し始めたばかりだった。それから5年、同氏の活動の幅は着実に拡がっている。千葉県立農大の担当授業は2022年に「アグリビジネス論」が加わり、さらに2025年度からは東京農業大学で「金融論」を担当するようになった。30年以上農業金融に携わってきた山崎氏にとって、専門そのものを教える場だ。
活動は大学にとどまらない。農林水産省の全国規模の研修会では3年度続けて講師を務め、中央畜産会や全国農業会議所でも全国向けの研修や書籍の執筆を担う。
「福井・滋賀・熊本・佐賀といった各県で専門家登録され、県全体の研修から市町村単位の相談、農業者向け集中講義まで幅広く対応しています。一度講師をすると、また来てほしいと声をかけていただくことが増えました。山形や新潟、京都、広島、大分など、複数回入る地域もあります」
これらの背景には、公庫時代からの中央畜産会との縁がある。畜産現場の情報を機関誌を通じて伝え、2007年にはそれをまとめた冊子「畜産経営のための会社法への対応」を発行。最近は「畜産ABL事例集 普及版」(2026年2月)の作成にも参加した。
「中央畜産会の各委員会には大学の先生も多く参加され、教育現場に結びつく機会も多いです。そして現場との接点が次の研修や講師の依頼を呼び、活動が横へ広がる。その循環がこの歩みを形作ってきました」
農業の当事者の言葉を届ける
専門である金融論と、隣接領域であるフードシステム論では、授業の準備に違いがあるという。
東京農業大学の「金融論」の授業の様子。
「金融論は専門ですが、私が扱ってきたのは農業の専門金融なので、もう一段深掘りして、金融一般を勉強し直す必要がありました。また、前年の受講者との知見の差が出てはいけないので教科書も使いましたが、教科書は理論に力点があり、現場の情報は多くありません。ですから必ずレジュメを作り、現場の話を補っています」
例えば担保や金融法務は、日銀の視点で書かれた教科書にはあまり登場しない。だが、学生の多くは将来「借りる側」に立つ。山崎氏は、その立場から何が重要になるかを重視して語っている。
実務家教員の授業は学生に新鮮に映ったようで、その反響は数字に表れた。前年に20数人だった金融論の受講者は、60数人へと増加した。山崎氏が現場の声を届ける工夫として力を入れたのが、オンデマンド授業だ。東京農大では全15回のうち2回を録画形式とし、山崎氏が農業の現場へ赴いて関係者にインタビューし、その音声を流した。畜産ABL(動産担保融資)や補助金活用を含め、金融が地域にどのように経済効果を生むのかを当事者の言葉で伝えた。
授業の終了時には「後期の授業で一番面白かった」と感想を語る学生や、実家の酪農について話しに来る学生もいたという。
「実務家教員養成課程では『学生が主役』だと教わりました。5年前はそれが言葉として頭にあるだけでしたが、今は現場の声をつなぐことや、学生の次のステージを想定した講義を行うことで具体的な形になってきました。また、養成課程で『経験を語る時に自慢話にしてはいけない』と警告されたことが印象に残っており、だからこそ伝えたいことをしっかり整理して共有するよう心がけています」
養成課程で得た学びは、大学以外でも生きている。例えば「教壇の中央に立ち止まらず端から端まで動いて伝える」といった技法は、農業者などを対象とした研修の場でも役立っている。研修でも冒頭に目標を掲げて受講者と共有し、何をどう伝えるかを最初に示す。「相手が主役」という原則は、教える相手が学生でも実務者でも変わらない。
理論と実践の相互作用を重視
前回、山崎氏はもう1つのキーワードとして理論と実践の統合を目指す「中範囲」を挙げた。5年を経て、その捉え方もより深まった。
「実務家教員にとって、理論と実践のどちらを重視するかは、時期によって動いていいと思うようになりました。現場での実践に基づいた研究に力を注いだ成果が教育に生き、逆に委員会活動や教育での議論や気づきが実務の高度化や研究につながる。この研究と教育の行き来、理論と実践の相互作用が大事だと感じています」
その実践は委員会活動にも表れている。考察や取りまとめの依頼を受けた際、山崎氏は調査結果の整理だけでなく、研究者の視点から問題提起を加えるようにしている。また、個人の暗黙知を組織知へと高め、例えば経営継承の計画や法人の定款などを様式化する取り組みも行うが、それも研究と教育の往復から生まれた。
現在は「農業の第三者継承」をテーマにした博士論文を提出すべく、大詰めの作業を進めている。博士課程に通っていないので議論相手もなく、論文博士の道は平坦ではないが、2026年度中の学位取得を目指す。「研究者と実務者を結ぶ仲介役になりたい」という前回の抱負は、今も変わらない。
教育現場で山崎氏が繰り返し伝えているのは、知識には2種類があるという考え方だ。事実や理論を知る知識と、それを実際どう使うかという手順の知識。前者は大学に豊富にあるが、後者の重要さは実務家だからこそ身に染みている。
「知っているだけでは足りません。それを業務のなかでルーチン化し、仕組みにしていく。繰り返すうちに改善点も見えてきます。学生にも、次の段階で活躍するには知識をどう使い、どう検証するかが大切だと話しています」
山崎氏は現在、週の1日を東京農大と千葉農大の授業に充て、それ以外の日は現場へ出ている。軸はあくまで現場での調査研究に置くという働き方だ。
「もうすぐ67歳になります。教育をいつまでも続ける年齢ではありません。だからこそ、実務も研究も、その成果を若い人にわかりやすく伝えることがますます重要だと思っています。知識だけではなく、それをどう使い、どう検証するか。そこまでを次の世代に手渡していきたいですね」