記者として培った現場知を、学生の「社会を読み解く力」へ
清和大学法学部准教授の見崎浩一氏は、前職では新聞記者として30年以上にわたり、事件・事故や災害の現場を歩いて記事を執筆してきた。専門分野に閉じず、社会の多様な現場を横断してきた記者時代の経験を、実務家教員養成課程でどのように自身の強みへと捉え直し、教員への転身につなげたのだろうか。
人生後半のキャリアを見据え、
記者から教員への転身を目指す
見崎 浩一
清和大学 法学部法学科(情報と法コース)
准教授
1964年生まれ。1990年朝日新聞社入社。倉敷などの地方支局、北海道支社報道部を経て、東京本社編集局社会部員、販売局販売第一部次長、デジタル本部ビジネス企画開発部次長、経営企画担当補佐、鹿児島放送社外取締役などを歴任。2022年9月、社会構想大学院大学 実務家教員養成課程を修了。2023年3月末に朝日新聞社を退職し、武蔵野大学のクラス内担任などを経て、2024年4月より現職。
朝日新聞社では倉敷支局を振り出しに東京本社の社会部、販売局、デジタル本部、経営企画部門まで、30年以上にわたって幅広い職務を経験してきた見崎浩一氏。自らの人生の次の段階、セカンドキャリアを意識し始めたのは、50代に入った頃だったという。
「私は事件・事故や災害、行政、五輪などの話題を幅広く担当する、いわばニュースの『なんでも屋』で、特定分野の専門記者ではありませんでした。新聞社でのキャリアの節目が見えてきた時に、定年で仕事を終えるのではなく、70代まで現役で社会と関わりたいと思いました。それなら在職中から準備を始めた方がいいと考えたのが、実務家教員への出発点でした。デスクとして後輩を育てた経験もあり、実務経験を教育に還元する道として、教員を志すようになりました」
記者から教員への転身は、決して珍しいものではない。しかし、50代から新たなキャリアを築くのは、やはり容易ではなかった。 「実際に動いてみて、振り返れば、40代から準備を始めても早すぎなかったと思います。教えることは経験談を語ることとは違うため、教育方法や評価方法を体系的に学ぶ必要があると考え、実務家教員養成課程に入りました」
「経験を語る人」ではなく
「経験を学びに変える人」へ
実務家教員養成課程では、シラバスの作り方から授業運営、成績評価、模擬授業、公募書類の作成方法などを体系的に学んだ。なかでも指針となったのが、「実務と理論の往還」という考え方だ。
「記者としての現場の経験談だけでは、学生の学びとして定着しにくい。それらを学術的知見や社会の仕組みと結びつけることで、初めて学びに変わるのです。経験を語る人ではなく、経験を学びに変える人になる必要があると気付いたことが一番の収穫でした」
たとえば、災害現場での取材は防災や情報伝達を考える教材へ、デジタル部門での新規事業は情報流通やDXなどのテーマへと置き換えられる。経験そのものではなく、そこから学びの素材を取り出す視点を持てるようになった。
さらに、教員個人調書の作成は、自身の強みを見出す大きな転機になった。見崎氏は当初十分に整理できていなかったが、担当教員の助言を得て経歴を洗い出したところ、最終的には、取材・デジタル・経営企画など新聞社業務を体系的に整理できた。
「『実務で培った経験も教育資源として整理できる』と背中を押され、印象に残る取材や業務を書き出しました。新聞社は『職種のデパート』と言われますが、私の経歴もまさにそれで、専門分野に閉じない経歴をどう打ち出すか、当初は悩みました。しかし、社会の多様な現場を見てきた幅広さこそが情報社会やメディアを教えるうえでの強みだと気づきました」
大学への就職にあたり、見崎氏は研究者人材データベースなどを頼りに「メディア」「情報」「ジャーナリズム」といったキーワードに関わる公募へ20件近く応募した。しかし、多くは書類選考の段階で難しさを痛感したという。
「応募当時は研究業績を十分に積み上げる前の段階で、実務経験をどのように教育上の強みとして示すかが課題でした。清和大学の面接では、自分の経験を学生の学びにどう生かせるのか、できる限り具体的に伝えました。そして何より欠かせないのは、粘り強さです。選考結果に一喜一憂せず、経験の棚卸しと表現の改善を続け、いっそ挑戦そのものを楽しむくらいの気持ちが大切だと思います」
大学の授業にも活きた
記者時代の取材の作法
現在は法学部の「情報と法コース」で、情報リテラシーやメディアリテラシーなどの授業を担当している見崎氏。少人数教育が特色のため、受け持つゼミは10人前後、講義は30人ほど。一人ひとりの顔が見える距離感での講義を、見崎氏は記者時代の取材方法とも重ねながら実践している。
「情報リテラシー」の授業の様子。
「教養演習(メディアリテラシー)」の授業でのディスカッション。
「取材では相手や背景を丹念に調べ、どうすれば本音・真実を話してもらえるかを考えました。授業も同じで相手を知ることから始まります。学生が何につまずき、関心を持つのかを探りながら組み立てます。少人数だからこそ、一人ひとりにまっすぐ向き合えます」
講義では演習やグループワークを積極的に採り入れ、学生同士が話し合い、考えを共有・発表する時間を重視しているという。
見崎氏は、学生の学びを支える教員には学識(専門知識)・授業力・指導力の3つが必要だと語る。
「わかりやすい授業とは、内容を薄めて簡単にすることではありません。難しいことを分解し、身近な例に置き換え、段階を踏んで届けることです。この3つの力に加え、人間力が試されます。一人の人間としてどう向き合うかを、学生は見ていると日々感じます」
生成AIの活用にも積極的だ。自身は授業設計を練る壁打ち相手として用いるほか、授業では学生が取り組む演習にも生成AI活用を組み入れている。
「生成AIを『答えを得るための道具』ではなく、『考えるきっかけをつくる道具』『対話の相手』となるよう演習テーマを工夫しています。何を学んでもらうか、AIをどこまで補助的に使うか、むしろ教員自身の問いが鋭く問われるのだと感じています」
教員となり3年目。日々の授業に全力を注ぐなか、「生成AI時代のメディア情報リテラシー」という研究テーマも明確になってきた。
「たとえば偽・誤情報への対策やファクトチェック、アテンションエコノミーなどのテーマに加え、自らの授業実践の効果検証も研究成果として発信していきたいです。社会を取材してきた記者の経験を、今後は教室で学生と一緒に社会を読み解く力に変えていきたい。教員としての私の役割はそこにあると思っています」