NHKプロデューサーから転身 学生の「事実を見極める力」を養う

経験豊富な実務家が、教員として大学・大学院などで指導することが強く求められている。本連載では、現役の実務家教員へのインタビューを通じて、教育現場で活躍するために必要な能力や姿勢を分析する。第1回は元NHK報道局プロデューサーの加藤直也氏に話を聞いた。

放送現場からの学びを社会還元

加藤直也

加藤直也

桜美林大学非常勤講師、東京大学経営企画部国際戦略課

――なぜ実務家教員を目指したのでしょうか。

私は2019年春から、桜美林大学に非常勤講師として勤務しながら、東京大学国際戦略課の職員として、従来の大学の枠を超えるような「知の創成、発信」に取り組んでいます。

元々、新卒から30数年間はNHK職員として働いていました。クローズアップ現代などの報道番組にディレクターやプロデューサーとして関わり、特派員として韓国とイギリスに赴任もしました。

ずっと放送の現場で社会と向き合ってきましたが、50代後半になって、今まで経験し考えてきたことを整理し、次の世代に残せないかと考えるようになりました。思い立ったものが、大学教員として若者に教え、伝えるということでした。

2018年から大学の教員公募に応募し始めました。しかし完全に自己流でしたので、20-30大学に応募しましたがほとんど書類選考で落ちていました。面接や模擬授業に進むことも数回ありましたが、採用には至りませんでした。そんなとき、社会情報大学院大学の「実務家教員養成課程」を知り、受講しました。

――養成課程の受講後に、桜美林大学の非常勤講師として採用されましたね。

課程での学びは就職活動で大変役立ちました。履歴書や教員調書の書き方、面接でのアピール方法、シラバス(授業計画)の策定、模擬授業の実習、大学を取り巻く環境変化や実務家教員の役割の解説などを、網羅的に学ぶことができました。頭の中が整理され、安心して就職活動に挑めるようになりました。

桜美林大学は映画・映像史に関する教員募集でしたので、シラバスを添えて応募しました。私は論文執筆の実績がなかったので、教員調書作成では養成課程の教員に相談しながら、制作したTV番組や講演実績を盛り込み、キャリアや実績をアピールしました。

また、養成課程は同じ目標を持つ人たちとの出会いの場としての魅力もありました。授業内のグループワークで一緒になったメンバーとは、養成課程の修了後も集まって勉強会を開きました。受講生は皆、バックグラウンドも様々で、刺激を受けましたね。

見極める力と伝える力

――現在はどのような講義を受け持っているのですか。

桜美林大学の芸術文化学群で、「映画・映像史」の講義を担当しています。演劇やダンス、音楽、ビジュアルアーツでの活躍を志す学生たちが主な対象です。映像・映画の歩みを学び、社会・文化の中に位置づけて理解することや、映像表現の手法を知り、学生自身の表現・発信を豊かにすることが講義の狙いです。

インターネットなどの発達で、メディア環境は大きく変化しました。今の学生たちは誰もがメディアを発信する側にも立てます。それは素晴らしいことですが、身につけるべき力もあるでしょう。ひとつは何が事実なのかを見極める力(リテラシー)、もうひとつは真実を表現して伝える力です。私の実務経験を交えながら、これらの力の大切さを伝えたいと思っています。

前期は、映画の発展の歴史を、時代・文化的背景、様々なジャンルの実例とともに学びました。クリップ映像も見せながら、例えば戦争と映画の関係性や、映画産業の成り立ちなどを解説しました。後期は、代表的監督やその作品を題材に、表現技法の多様化や、映画・映像コンテンツの発展と時代・社会の動向を明らかにしていきます。

桜美林大学では「映画・映像史」の講義を担当。映像・映画の歩みを学び、社会・文化の中に位置づけて理解する(チャーリー・チャップリン『モダン・タイムス』)

桜美林大学では「映画・映像史」の講義を担当。映像・映画の歩みを学び、社会・文化の中に位置づけて理解する(チャーリー・チャップリン『モダン・タイムス』)

――実際に教員として働く中での苦労や醍醐味は。

やはり最初は、授業準備にとても苦労しましたし、1回が100分という長い授業時間に対応することも大変でした。評価や試験方法もずいぶん悩みました。現場では手取り足取り教えてはくれませんから、時々、実務家教員養成課程のレジュメを見直しています。様々な教授法や成績評価手法、ファシリテーション手法などを学んだことが役立っています。

履修者は60人を超えるので、なかなか一人ひとりの学生と深くコミュニケーションをとることは難しいですが、授業終了時にはミニッツペーパーを提出してもらっています。授業の感想や疑問点のほか、「人生で一番印象に残った映画・テレビは何ですか」といった質問に回答してもらい、学生の理解に努めています。しっかりと書き込んでくれる学生も多く、手応えを感じます。

半年間で、教員として働くことの厳しさや難しさを痛感しました。ですが、学生を教えること、学生と出会うことの大切さやうれしさはそれにも増して大きく、やりがいを感じています。

さらに深い学習・研究活動へ

――これからの目標を教えて下さい。

まずは桜美林大学の講義をしっかり続けるということが大前提ですが、今後は、常勤・非常勤にこだわらず、授業をする場を広げていきたいと思っています。大学でゼミを持ち、より深い学習活動に学生とともに取り組んだり、メディア・放送系の専門学科でも教えてみたいですね。

もうひとつは研究活動です。研究と論文執筆に取り組む時間と場所を確保したいと思っています。先行研究や学問のトレンドをリサーチし、自分のポジションを見極めて『旗を立てる場所』を探していきたいです。この時代に求められる、実務家教員としての新たな役割を果たし、存在価値を拡げる努力を続けたいです。