【音声配信連動記事】人口減少の町で年商1億円超 歯科医院承継に見る「継承学」の実践

『月刊事業構想』、『月刊先端教育』オンラインのX(旧Twitter)スペース配信に、医療法人小村歯科医院(青森県三戸郡五戸町)の小村圭介院長が登壇した。テーマは「人口減少の町で、歯科医院が年商1億円超の急成長できた理由」。高齢化と人口減少が進む人口およそ1万5000人の町で、2代目院長が帰郷から十年を経て年商1億円を突破するに至った道筋を語った。

五戸町出身、2020年に父の医院を継承

小村院長は1987年、五戸町生まれの39歳。岩手医科大学歯学部を卒業し、青森県立中央病院の歯科口腔外科で研修を経たのち、5年間の勤務医を経験して2017年に29歳で帰郷した。父・小村徳行氏(現会長)が1991年に開業した医院に3年間勤務して指導を仰ぎ、2020年7月に院長を継承。翌2021年5月、隣地に新築移転して診療台を4台から6台へ増やし、現在は新医院での6年目に入っている。

「承継」と「継承」を分けて考える

配信で小村院長がまず強調したのは、「承継」と「継承」を意識して使い分けているという点だった。ハード面や経営システムを引き継ぐ作業を「承継」と呼び、M&Aや外部の専門家が扱う領域がここに含まれる。一方、思いや患者との関係性、医院の文化といったソフト面を引き継ぐ営みを「継承」と位置づけている。地域に根ざした医療法人の場合、二つを切り分けて考えなければ後継者は壁を突破できないというのが院長の整理だ。

まず酒を注ぎに行く 認知獲得の二年

突破の手順として院長が示したのは、認知獲得、技術研鑽、事業拡大という三段階のプロセスである。帰郷直後の小村院長が取り組んだのは、サービスを売り込むことではなく、地元の集まりで酒を注いで回ることだった。地域の行事に顔を出し、自身の子どもを通じて学校や幼稚園のコミュニティに入り、二代目が戻ってきたという事実を地道に浸透させた。SNSや広告にほぼ費用をかけなかったのは、媒体が未成熟だった時期の判断であると同時に、地方では「サービスの向こう側にいる人」で選ばれるという確信があったからだという。

父の30年と並ぶための自己投資

認知の次に置いたのが医療技術の研鑽である。地域に「若先生が帰ってきた」と知られた以上、父の30年の蓄積との差で患者を失望させるわけにはいかない。20代後半から30代前半の十年間、空き時間のほぼすべてを自己投資に充てたと振り返る。患者数、回転率、単価が同時に底上げされた結果、旧医院ではキャパシティが追いつかなくなり、新築移転と人員増という事業拡大の局面に移っていった。

目指すのは前年比103%という適温

ここで院長の経営観が独自の輪郭を見せる。目標として掲げているのは年商1億円ではなく、前年比103%の成長である。中小企業が前年比150%の伸びを30年続けることは現実的ではないと院長は言う。人件費は確実に上がり続け、物価上昇も年率2%程度で推移するなかで、これを上回り、かつ次世代に渡せる規模に踏みとどまる成長率が、結果として103%付近に落ち着いたという理屈だ。サステナブルな経営を選んだ十年の積み上げが、結果として1億円超という数字につながったと院長は説明した。

受診率5%、認知10%が分岐点

潜在顧客への眼差しも独特である。歯科医院を月内に受診する住民は人口のおよそ5%にすぎず、残り95%は来院していない層と捉える。だからこそ行政と組んで住民への講話を継続し、医院に来る前の段階で口腔ケアの重要性を伝える。並行して院長が意識しているのが「地域人口の10%の認知」という閾値だ。1万5000人の町であれば、およそ1500人にまで認知が広がれば、その先は口コミで新規患者が連鎖的に増えていくという経験則を語った。

ダブルスタンダードを患者に見せない

父から信頼を引き継ぐ局面でも、戦略は徹底していた。治療方針はもちろん、スタッフ業務の細部までいったん丸ごと吸収し、急な欠勤時には自身が代行できる体制を整えた。父と意見が割れた場合は、自身が正式に継承するまで父の判断に合わせるルールを置いたという。狙いは、ダブルスタンダードを患者とスタッフに見せないことに尽きる。同じ医院のなかで「先生によって言うことが違う」という状態が信頼を最も損なうという判断である。

「変更」と「アップデート」

この延長線上に、「変更」と「アップデート」を分けて考えるという物差しがある。長年の患者やスタッフが慣れ親しんだ仕組みを「変更」してしまえば確実にハレーションが起こる。一方、就業規則の見直しや週休2日制への移行のような時代対応は、避けて通れない「アップデート」として粛々と進める。実際、従業員10人未満の事業所に認められていた週44時間の運用から週休2日制への切り替えを、就任後に実施した。

求人倍率23倍と賃上げの両立

人材確保と賃上げについては、求人倍率が23倍に達する歯科衛生士の市場で、同業同地域の平均賃金の1.1倍を提示するというラインを実践している。後継者不在で閉院する歯科医院から40〜50代のベテラン衛生士が市場に流れ始めており、若手ばかりに頼らない採用ができるようになってきたとも語った。自身の取り分は最後に回し、ボーナス支給の翌月に院長の給与を確保できなかった月もあったという。

次の構想は「継承学」の社会実装

最終局面で語られたのは、次の事業構想と社会貢献である。2024年1月に飯塚書店から上梓した『家業を継ぐ前に、知っておきたい「継承学」』は、後継者の側から見た継承の実務と心構えをまとめた一冊で、業種を超えてファミリービジネスの読者に届いている。直近2年で講演はおよそ38回を数え、歯科医院向けの補助金・助成金申請代行サービスという構想も温めている。

院長が繰り返し口にしたのは、中小企業が町を形成し、祭りや伝統芸能の担い手であり続けるという視点だった。「売上や賃上げは結果として現れる数字にすぎず、地域の歴史をつなぐという情熱が長期経営の支えになります」と話す。

ロケットスタートとは対極の経営観

小村歯科医院の歩みは、人口減少地域における事業承継のひとつの臨床例である。急成長を志向するのではなく、地域の認知を10%まで地道に積み、前年比103%を毎年積み重ねる。スタートアップ的なロケットスタートとは対極にある経営観が、結果として1億円超の年商を生んだ事実は、家業を継ぐ立場にある経営者にとって示唆に富む。


本記事は、月刊事業構想オンライン公式Xスペース「進化する構想」(2026年6月26日配信)の内容をもとに構成した。配信のアーカイブは下記URLから視聴できる(公開期間は配信プラットフォームの仕様により一定期間経過後は聞くことができなくなる点にご留意いただきたい)。配信アーカイブ:https://x.com/i/spaces/1wxWjjWREAZJQ?s=20