女性後継者育成の鍵は、観察学習と経験学習にあり

女性活躍やダイバーシティ推進が叫ばれる中、女性が家業を継ぐという選択も増えつつある。長子相続の伝統が残る中小企業で、女性後継者を育成するためには、どのような課題をクリアすべきか。組織行動や女性後継者に詳しい法政大学大学院の高田朝子教授に話を聞いた。

親の意識やキャリア観の変化で
女性後継者数は緩やかに上昇

高田 朝子

高田 朝子

法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
博士(経営学)。立教大学経済学部経済学科卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科経営学修士(MBA)、同博士課程修了。モルガン・スタンレー証券会社勤務を経て留学。Thunderbird国際経営大学院修了、国際経営学修士(MIM)。高千穂大学経営学部助教授、法政学経営大学院准教授などを経て、2010年から現職。主な著書・論文に『手間ひまをかける経営』(生産性出版 2023年)『女性マネージャーの働き方改革2.0』(生産性出版、2019)、「女性後継者の後継プロセス-27人の定性調査からの一考察」『経営行動科学』第33巻第1.2号,2021,25-47など。

── かつて日本のファミリービジネスは圧倒的に男性が後継者でした。昨今はその風向きが変わりつつあるようですが、現状をどのように見ていますか。

帝国データバンクによれば、個人事業主を除いた上場・非上場企業のうち、女性社長が占める割合は2023年に8.3%となり、1990年の4.5%から約30年で1.84倍に増加しています。緩やかながらも女性後継者の数が増えている背景には、親世代の意識変化や女性自身のキャリア観の変化があります。

まず大前提として、日本企業の9割は中小企業であり、その多くはファミリービジネス(家族経営・同族経営)によって運営されています。

ファミリービジネスの社長は家長と家業経営の長の二役を兼ねるという特異性から、後継者には他家に嫁ぐ可能性のある女性ではなく、男性が選ばれることが基本とされてきました。そのため、跡取りという言葉は男性を指す場合がほとんどであり、女性の場合は「跡取り娘」とわざわざ女性であることを付記します。

そして、ひと昔前までの親は跡取り娘本人が当主になることを望まず、優秀な婿を取り、その婿が当主として采配を振ることを娘に半ば強制してきました。このような男性優位の環境において、後継者となった60歳以上の女性を調査したところ、「経営者の夫が亡くなり、息子または娘に継がせるまでの“つなぎ”として」といった一族にとっての緊急事態によるものがほとんどでした。

ところが、30代40代の子どもを持つ現代の親は、子どもと対等な関係である「友達親子」が多い世代です。婿取り以前に結婚の選択も娘に委ねており、「血族の誰かが継げばいい」と柔軟に考えています。

また、ファミリービジネスの経営者は総じて息子への教育に熱心です。その結果、優秀な息子ほど進学で地元を離れてしまうといったことが往々にして起こり、「事業を継続するためには後継者の性別に頓着できない」という親の実情が垣間見えます。

一方、娘側の意識にも変化が見られます。30代40代の女性後継者にヒアリングすると、後継の理由は次の2つに分かれました。1つは、子どもの頃から両親や親戚から「跡取りなんだから」といった言葉を繰り返し聞かされ、家業を継ぐことを最初から意識してきたケース。もう1つは、家業を手伝ううちに自ら後継者になることを望むようになった、あるいは他企業よりもファミリービジネスで働くほうがキャリアを構築しやすいと考え、自ら家業を継ぐことを希望したケースです。

このような意識の変化が起こっているのは、大学進学率の上昇、女性活躍やダイバーシティ推進の流れとも相まって、親も子も「後継者は男性である必要はない」と考えるようになってきたからだと言えます。今後も跡取り娘が事業を後継することは、緩やかながらも増加していくでしょう。

可愛い娘には
修羅場を経験させよ

── 女性後継者育成において、どのような学びが必要ですか。

経営者にとって一番大事な仕事は後継者を作ることです。それゆえ、ファミリービジネスの当主に娘と息子がいた場合、後継者候補を息子に絞る必要はありません。そもそも男女に能力差はなく、経営としての適性も個人差の問題です。性別によって選択肢を狭めるのではなく、それぞれの能力や適性、本人の意思などを見極めることが大切です。

これを踏まえた上で、後継者育成のポイントは大きく2つあります。1つは「観察学習」です。後継者になるまでのプロセスは、家業の持つ理念や暖簾の重さを学んだり、父親の人的ネットワークを引き継いだり、経営者としての振る舞い方を学習するなど、父親の行動を観察し模倣する準備期間とも言えます。

その点、多くのファミリービジネスでは、息子は早い時期から父親の傍らで帝王学を学ぶ一方、娘は父親から直々に後継者としての教育を受ける機会が圧倒的に不足しています。娘には父親である社長の意向を通訳し、社員との雰囲気が悪くなった際の“クッション役”としての機能を求められがちだからです。

2つ目は「経験学習」です。後継者候補として成長するには、若いうちから新規事業の立ち上げを任せたり、一筋縄ではいかない取引先へ営業に行かせるなど、失敗も含めて様々な修羅場を経験させることが大切です。しかしながら、女性には「失敗してもいいからやってみろ」という経験学習の機会も圧倒的に不足しています。なぜならば多くのファミリービジネスでは、娘に最初の業務として経理を担当させるからです。会社全体を数字から把握することも大事ですが、「女性は家を守るもの」といった古典的な概念が邪魔をして、女性に2つの学習機会をほとんど与えられてこなかったことは事業承継における大きな問題となっています。

── 経営者は女性後継者育成において、どんな点に留意すべきでしょうか。

1つは、先代である父親はなるべく早めに後継者の意思決定を行うことです。いざ引退が現実味を帯びてくると、権力を手放したくないという欲求が働きやすいもの。死ぬまで社長の座にしがみついた結果、娘は次期社長としての視座や人的ネットワークを受け継ぐ準備期間が減じられるといった弊害が起こっています。

2つ目は、家長と家業経営の長を分離することです。女性後継者を育成するためには家業と一族の運営を切り離す覚悟も必要です。ファミリービジネス存続の鍵は、候補者として除外されてきた娘に焦点を当て、女性が経営を学び成長しやすい環境を作ることだと言えます。

豊かな人的ネットワークが
キャリア形成の大きな助けに

── 将来の後継を見据えて、女性はどのような準備をしておくべきでしょうか。後継者候補の女性や経営者に向けてアドバイスをお願いします。

男性はゴルフや草野球などのコミュニティを通じて社外とのつながりを持ちやすい一方、女性は外部の人的ネットワークが不足しやすい傾向にあります。また、ファミリービジネスの社長はワンマン経営かつ内向きになりがちなため、女性後継者こそ社外のネットワークに送り込むことが重要です。ネットワーク構築において有益な選択肢と言えるのが、社会人向け大学院やビジネススクールです。イノベーションを生み出すためには、異質な者同士で集まることが欠かせません。大人になってからバックボーンが異なる人たちと共に学び、学位を取るために力を注いだ経験は、その後のキャリア構築において大きな糧になるはずです。

経営者の皆さんは女性後継者の付加価値を高めるためにも、ビジネススクールへの通学を奨励するなど、外部の人的ネットワークを構築する機会を積極的に提供してほしいと思います。