特集紹介 パーパス起点の経営・人材戦略で持続的な企業価値の向上へ

人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる人的資本経営への注目とともに、経営戦略と連動した人材戦略の起点となるパーパスの重要性も高まっている。本特集では、パーパス経営に必要な視点、実践例などを追った。(編集部)

経営戦略と人材戦略を連動
させる起点となるパーパス

2019年頃からパーパス経営・マネジメントに関するビジネス書が注目を集め、パーパスを策定する企業の報道もよく耳にするようになった。その翌年9月、経産省は「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の最終報告書(通称:人材版伊藤レポート)を公表、人的資本経営のフレームワークを示した。

2022年5月には、人的資本経営を実践に移していくための取組みや工夫をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を公表。同レポートは「企業は様々な経営上の課題に直面しているが、これらの課題は、人材面での課題と表裏一体であり、スピーディーな対応が不可欠。このため、各社がそれぞれ企業理念や存在意義(パーパス)まで立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向け、人材戦略を変革させる必要」があると指摘している。

こうした中、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる人的資本経営への注目とともに、経営戦略と連動した人材戦略の起点となるパーパスの重要性も高まっている。

早くからパーパスを起点としたコンサルティングを提供し、パーパスを発見・共鳴・実装するプロセスを一気通貫で支援しているアイディール・リーダーズ。代表取締役CEOの永井恒男氏は、パーパスは「社会への提供価値(社会的意義)」と「その会社のアイデンティティ(自社らしさ)」の両方を含み、パーパスを策定する際には、自社と世界との接点を見出し、自分たちが世界に何を提供できるかを考えることが不可欠だと指摘する(➡こちらの記事)。永井氏は、パーパスを「未来型」と「過去・現状型」の2タイプに分類した上で、「未来型パーパスを策定することで、社内に「変革の意志」が生まれ、より良い事業・組織づくりに活かすことが可能となると話す。

また、2020年にOD Lab合同会社を創業し、組織開発コンサルティング業務に従事する同社代表の水迫洋子氏は、パーパス経営の大前提は、ダイバーシティ・インクルージョンだと話す。それは属性だけの多様性ではなく、個人の価値観も含めた多様性を意味するとし、パーパスとダイバーシティ・インクルージョン、さらにウェルビーイング等も含めて、個別の事象として捉えられがちだが、それらは全て根底でつながっていると指摘する(➡こちらの記事)。

富士通のパーパスドリブン経営
企業の先進的な取組み

実際にパーパスを策定した企業は、どんな人材戦略を行っているのか。2020年に、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスを策定した富士通は、パーパスを起点とした、パーパスドリブン経営を推し進めている。パーパスドリブン経営を象徴する制度の一つが「Fujitsu Career Ownership Program(FCOP)」だ。社員が3年後のありたい姿を描き、成長ビジョンを設定し、自律的なキャリアを実現できるように支援するプログラムを展開している(➡こちらの記事)。

2022年にパーパスを「会社に生命力を」に刷新し、コスト最適化と組織活性化のコンサルティング事業を展開するRELATIONSは、売上目標の撤廃、システムコーチングの実践・提供、企業文化を耕す対話や合宿、顧客や社外のパートナーとの1on1など、新パーパスに基づく数々の取り組みを実施している(➡こちらの記事)。

また、SOMPOひまわり生命保険は、2023年4月、業界初となる人事施策「ひまわりMYパーパスキャリア制度」を開始した。社員が「MYパーパス、知識・スキル、経験、実績」を開示し、開示内容に共感する部署からオファーを受け、該当部署への異動を選択できる制度で、企業と社員のパーパスの共鳴により、自律的なキャリア形成と生産性向上を目指している(➡こちらの記事)。

パーパスをどの様に策定し、
社員へいかに浸透させるか?

パーパス起点の人材戦略が進む中、これからパーパスを策定する企業は、具体的にどう策定すればよいのか。

RECOMOは創業以来、同社が「社外CHRO(最高人事責任者)」のような存在として、パーパスから丁寧な組織づくりを伴走し、人事戦略を構築するサービス「RECOMO X」を提供する(➡こちらの記事)。コンサルティングに要する期間の目安は、パーパスの策定だけであれば3カ月から半年。さまざまな人材戦略に落とし込むには1年、社内文化レベルにまで昇華させるには2年、パーパスの社員への明確な浸透には3年ほど必要。1年から2年かけ、パーパスと人事や評価を紐づけ、戦略を具体化するところまで伴走してもらうケースが多いという。

パーパスを策定した後は、それが社員に浸透しなければならない。大学院等で経営理念に関する研究に取り組んできたウェイアンドアイ代表取締役の粟野智子氏は、国内外において理念浸透のメカニズムは、主に「センスメイキング(意味生成)」「内面化」「フィット・マッチング」などの理論をベースに研究されてきたと話す(➡こちらの記事)。粟野氏によると「センスメイキング」とは、あいまいな環境の中から新たな意味が発見される状態を意味する。理念に関する組織的な施策が個人の価値観や信条などのフレームワークを通して受け取られ、意味や共通理解が生じると研究されている。また、トップダウンよりもボトムアップの方が、「センスメイキング」が生じやすい可能性が指摘されているという。

さらに、社員一人ひとりにパーパスを浸透させ、共感を得るための方法として、組織のコミュニケーションに関する課題解決に貢献するサーバントコーチ代表取締役の世古詞一氏は「1on1ミーティングが有効に機能する」と話す(➡こちらの記事)。1on1ミーティングとは、上司と部下が1対1で対話をすることだ。メンバーの本音とパーパスを擦り合わせていくために、はじめにすべきは「パーパスの概念を具体化していく」こと。そして、パーパスを深掘りしたあとは、部下自身のWhyを深掘りしていく。部下自身のストーリーを掘っていくと、パーパスとの接点が見えてくる。つまり、本音とパーパスの擦り合わせができるのだという。

パーパス起点の人材戦略では、社員一人ひとりのパーパスへの共鳴が重要だ。(画像はイメージ)

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長年にわたり経営理念を研究してきた金沢星稜大学経済学部の野林晴彦教授は、パーパスを社員に浸透するために最も重要なのは「どれだけ自分の日々の業務とパーパスを結び付けて考えられるか」だと話し、そのための理念教育研修プログラムや、企業内のイベント(インナープロモーション)等の工夫が求められると指摘する(➡こちらの記事)。

また、自社に浸透している従来の経営理念と、新しいパーパスをうまく整理し、反発を招かないようにすることも大切だと話す。

本特集では、「パーパス経営と人材育成」をテーマに、実践する企業や有識者などの取材を通じて、パーパスを基点とした人材戦略・育成の在り方などを追った。パーパスを基点とした持続的な企業成長につながる取組みの一助となれば幸いだ。