特集1 半導体・AI・バイオ・量子 成長分野を牽引する人材育成の現在地

政府は6月11日、骨太の方針(原案)を公表した。人材や資本等の資源を成長分野に集中投入することによって、経済全体の生産性を高め、日本経済を「成長型の新たな経済ステージ」への移行を打ち出す中、成長分野ではどんな人材育成が進んでいるのか。その最前線を追った。(編集部)

成長分野に人材を投入するため
課題となる労働移動の円滑化

政府は6月11日、骨太の方針「経済財政運営と改革の基本方針2024」(原案)を公表した。長期的視点に立ち、戦略的な投資を速やかに実行していくこと、人材や資本等の資源を成長分野に集中投入することによって、経済全体の生産性を高め、日本経済を「成長型の新たな経済ステージ」へ移行させていくことを打ち出した。

成長分野へ集中的に人材を投入するには、労働移動の円滑化は課題の一つだろう。日本総合研究所主任研究員の安井洋輔氏は成長産業への労働移動を妨げている主な要因として「職業情報が十分に把握できないこと」「個人のリカレント教育に対する支援が不足していること」「日本企業で定着しているメンバーシップ型雇用」の3つを挙げる。安井氏には、こうした課題がある中で、労働移動の促進に必要な取り組みについて話を聞いた(➡こちらの記事)。

また、学び直しの動機づけや労働移動プロセスを研究する東京都立産業技術大学院大学教授の三好きよみ氏には、IT分野への労働移動やそのためのリスキリングの促進には、何が重要なのかなどについて話を聞いた(➡こちらの記事)。

半導体や量子技術分野
の人材育成プログラム

骨太の方針では、「全世代のリ・スキリングの推進」を掲げる一方で、成長分野を牽引する分野ではどんな人材育成が進められているのか。その一つに挙げられるのが半導体だ。

1980年代、圧倒的だった日本の半導体産業の世界シェアが1割を切る今、この成長産業を日本経済の牽引役として再構築することは急務であり、政府も「骨太の方針」に次世代半導体量産・国内調達に向けた法整備の推進を盛り込んでいる。

今年2月、熊本県で台湾積体電路製造(TSMC)の工場が開所するなど、半導体では九州に注目が集まっている。一方、足元では人材不足の指摘もある。2022年に発足した産学官の人材育成組織「九州半導体人材育成等コンソーシアム」の予測によると、九州では半導体分野の人材が、今後10年間で毎年1,000人不足するという。そうした中、2023年8月、半導体やデジタル産業分野に精通した新たな人材の育成を目的とする「福岡半導体リスキリングセンター」が開設した(➡こちらの記事)。

同センターの講座は「作る側」向けに製造工程ごとに分類された「半導体講座」と、「使う側」向けに各分野での活用法を中心とする「半導体活用講座」に分けられており、対面講座、リモート講座の他、e-ラーニングも可能で、提供手法は多様だ。講座は福岡県のみならず九州・全国から受講可能で、特に福岡県内の中小企業に対しては、受講料が無料になる補助制度も設けている。

先端技術の領域では量子コンピュータへの注目も高まっている。2022 年4月、日本政府が策定した「量子未来社会ビジョン」は、2030年を目途に量子コンピュータを使う人材を1000万人規模に拡大するとしている。こうした中、沖縄科学技術大学院大学(OIST)と一般社団法人量子技術による新産業創出協議会(Q-STAR)、スキルアップNeXtが連携し、「産学連携による量子人材育成プログラムの開発と実践」を開始(➡こちらの記事)。同事業は「教育コース・プログラム」「研究技術プログラム」「グローバルリーダー・プログラム」と3つのプログラム開発を進めている。

また、2015年に設立された企業JellyWareが企画・運営を行っている人材育成プログラム「Q-Quest」は、量子技術リテラシー人材の育成とオープンイノベーションの創発を目的に、文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)の助成を受け2023年から実施。Q-Questでは、量子技術のリテラシーを身につける「基礎学習プログラム」と、基礎学習プログラムで学んだ内容をベースにビジネスの創出を目指す「事業創造プログラム」と2つのプログラムを展開している(➡こちらの記事)。

日本経済の持続的な発展に向けて、半導体・GX・AI・量子コンピュータ・バイオなど成長分野を担う人材育成は喫緊の課題だ。(画像はイメージ)

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GXやバイオエコノミー
医療・観光分野の人材育成

化石燃料に依存する社会システムから脱却し、脱炭素社会へ導く「グリーントランスフォーメーション(GX)」。政府は2023年2月、「GX基本方針」の閣議決定をはじめ、同年5月は「GX推進法」が成立。今後10年間で20兆円規模となる「GX経済移行債」を発行し、官民150兆円超の投資を目指している。東京大学発スタートアップのアイデミーは2023年5月よりGX人材育成のためのオンライン学習サービス「Aidemy GX」の提供を開始している(➡こちらの記事)。

日本政府が2019年に策定した「バイオ戦略」は「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現すること」を掲げ、2024年6月の「バイオエコノミー戦略」は「バイオ戦略」から名称を改め、2030年に向けた科学技術・イノベーション政策の取り組みの方向を取りまとめた。

同戦略は5つの市場について、拡大を目指すバイオエコノミー市場として設定し、2030年に国内外で100兆円規模の市場創出を目指す取組を推進するとしている。その一つの市場を担うのが「バイオものづくり・バイオ由来製品」だ。

こうした中、バイオものづくり技術者の育成、リカレント教育に早くから取り組んできたのが、大阪工業大学教授の長森英二氏だ(➡こちらの記事)。長森氏の研究室では培養技術者の育成を目的としたセミナーをNEDO特別講座の一環として実施。基礎編(装置の成り立ち、使いこなし方)と応用編(流加培養、蒸煮滅菌タイプの培養槽操作)で構成される培養技術者育成セミナーは、右肩上がりで受講者数が伸びているという。

医療・ヘルスケアの領域もAIやイノベーションと深く関連し、成長産業を牽引する分野の一つだ。神奈川県立保健福祉大学は、2019年に大学院ヘルスイノベーション研究科を開設。同研究科は、次世代のヘルスイノベーターを育成するために、高齢社会を支える新しい健康観「未病」を研究対象とし、世界に先駆けて学問体系化を目指している(➡こちらの記事)。

また、東北大学を主幹に北海道大学と岡山大学が連携し、2020年10月にスタートした「ClinicalAI」。医療業界における最先端AI研究開発人材を育成する人材育成教育拠点として、独自の教育プログラムを提供している(➡こちらの記事)。

円安が進む中、観光産業に目を向けると日本政府観光局(JNTO)が4月17日に公表した訪日外客数(24年3月推計値)は308万1600人で、単月として初めて300万人を超えた。北陸先端科学技術大学院大学教授の敷田麻実氏に、同氏も携わっている石川県が主催する「いしかわ観光創造塾」や、北陸先端科学技術大学院大学が実施する履修証明プログラム「観光コア人材育成スクール」について話を聞いた(➡こちらの記事)。

本特集では「成長分野を牽引する人材育成」をテーマに、様々な分野を対象に人材育成の最前線を追った。成長産業の担い手不足に悩む企業や成長分野の学び直しを考えている社会人にとって参考となれば幸いだ。