インフォデミックの時代に、医療・健康情報の「質」を見極める力をつける

医療や健康に関する情報は常に多くの人の関心を集めるが、SNSなどが普及する中で、私たち自身が情報を見る目を養う必要も高まっている。コロナ時代に必要な医療健康情報リテラシーの身につけ方について、医療ジャーナリストとしても活躍する市川衛氏が解説する。

医療健康情報は、どうして
『煽り気味』のものが多いのか?

市川 衛

市川 衛

2000年、東京大学医学部健康科学・看護学科卒業後、NHK入局。
医療・健康分野を中心に国際的に取材活動を展開。2016年スタンフォード大学客員研究員を経て、2017年一般社団法人メディカルジャーナリズム勉強会を設立し代表に就任。2021年にNHKを退職後は、READYFOR株式会社 基金開発・公共政策部門の責任者として社会課題の解決のため活動する団体の支援事業を行う。2020年より広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)に就任。東京大学、産業医科大学などで医師や医学生を主な対象に教育活動を行っている。

突然ですが、以下の文章を読んでみてください。去年6月に日本経済新聞のウェブサイトに実際に掲載された記事の一節です。認知症の新たな治療薬とされる「アデュカヌマブ」が、アメリカFDA(食品医薬品局)に承認されたことを伝えています。

「従来の認知症薬とは異なり、認知機能の低下を長期的に抑制する機能を持つとして世界で初めて承認された。新薬の登場で、認知症の治療が大きく変わる可能性がある」 (日経新聞サイト「アルツハイマー新薬、米当局が承認」2021年6月8日掲載 より)

では質問です。この「認知症の新しい治療薬」には、どんな効果が認められているでしょうか?
A 認知症の症状(物忘れなど)が良くなる
B 認知症の症状の悪化を長期的に止められる
C 認知症の症状は悪化するが、そのスピードを緩やかにできる
D 効果は確かめられていない

正解はD。「効果は、確かめられていない」です。

アメリカには「迅速承認」という制度があります。命に関わる病なのに良い治療法がない場合などに、効果が確かめられていない薬でも、特例としてとりあえず承認して患者さんに使ってもらい、並行して効果を確かめる試験を行うよう製薬会社に求めるものです。その後、効果が確かめられなければ承認が取り消されることもあります。アデュカヌマブはこの枠組みで承認されました。

ですので、「認知機能の低下を長期的に抑制する」というような効果は確かめられていませんし、アメリカFDAが記者向けに公開したプレスリリースにもそんなことは書かれていません。

「多少なりとも『盛りたく』なる」
医療情報を伝える側の心理

でも冒頭の記事を読むと、「この薬を使えば、認知機能の低下が抑制できる」と感じてしまいますよね。なぜ記者さんは、わざわざこのような書き方をしたのでしょうか。

実際の経緯を確かめるのは難しいことです。そのうえで、あくまで一般論として言えば、医療や健康に関する情報には、実態より「盛った」伝えられ方をしがちな要因があります。

まず、医療や健康の情報には、専門性が高い内容が多いということです。例えば冒頭のニュース(FDAが認知症の治療薬候補を迅速承認)を適切に理解するには、次のような基礎知識が必要になります。
・認知症の治療薬開発に関して、ここ10年ほど期待をかけられた候補が次々と失敗しているうえ、アデュカヌマブも同じ仮説に基づいて開発されていること
・過去、アデュカヌマブの臨床試験において、「効果がない」とする結果が出ていること
・アメリカの薬事承認制度に「迅速承認」という特例が存在すること

一方でこのニュースは、「認知症の治療薬」という多くの人にとって興味がある内容です。メディア側には「出来るだけ早く伝えたい」という欲求が生まれます。そして、より多くの人に読まれるために「単純化し、興味が沸くように伝えたい」という欲も生まれます。その結果として、認知症の取材経験が少なく、専門的な知識を持っていない書き手が、スピード優先で「盛った」内容を書いてしまったのかもしれません(繰り返しますが、あくまで個人の推測です)。

最近、SNSなどで「フェイクニュース」という言葉を目にするようになった方も多いと思います。

フェイク(偽)という語感から、「悪意をもって作られた虚偽の情報」というイメージが強いですが、実は様々な種類があります。いわゆる「フェイクニュース」として指摘されるものとして、国際的には以下の3つの分類があるとされています。

ひとつがMiss-Information(誤情報)です。書き手に悪意はないのに、基礎知識がないばかりにデータの解釈を誤り、実態より「盛った」内容にしてしまうようなケースです。

もうひとつがDis-Information(虚偽情報)です。日本における一般的なフェイクニュースのイメージに近いものと言えるかもしれません。例えば政治家の評判を貶めようと、演説の映像や音声を加工して人種差別的な発言をしたかのような印象を与える動画を作成するようなことを指します。明確な悪意がある場合がほとんどです。

最後がMal-Information(ねじまげ情報)です。有名人の発言のある一部分だけを切り取り、本来の文脈とは違う印象を与えるような形で拡散したりするものです。 「あいつの評判を貶めたい」と悪意のもとで行われる場合もあれば、SNS などで見かけた発言の一部に関して、深い意図なく拡散に加担してしまうケースもあります。

このように「フェイクニュース」には様々なものがありますが、重要なのは悪意があろうがなかろうが、その情報に接した人を不適切な行動に導いてしまう危険性は同じということです。悪意なく作られた誤情報を信じて、本来なら飲むべきではない薬を服用してしまったり、予防につながるワクチンの接種を控えたりしたら、結果として深刻な害を生みかねません。

図 適切な行動を妨げる「フェイクニュース」

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「インフォデミック」の時代
を生きる

この10年ほど、インターネットやSNSの急激な発達により、私たちの身の回りにある情報の量は爆発的に増えました。その結果として、フェイクニュースに触れる機会も増えていると言えます。そして残念ながら、医療や健康の情報は多くの人にとって興味があるものであり、「単純化され、盛り気味」な内容のものであればあるほど、拡散しやすい傾向があります。WHO(世界保健機関)は2020年10月、こうした事態が公衆衛生上の危機を生みかねないとして、インフォデミック(情報informationとパンデミックpandemicを合わせた造語)が起きていると指摘しました。

フェイクニュースに触れてしまった時、それを見抜き、健康を害するような行動に繋げないために、どうすれば良いのか。この連載では、医療や健康の情報の質を見抜く基本的な考え方(コツ)についてご紹介していきます。良かったら、お付き合いください。