【議事録詳報・前編】AI for Science始動 1万5千件超の応募が示す研究現場の熱量

2026年5月26日、文部科学省科学技術・学術審議会基礎研究振興部会の第22回会合がオンラインで開催された。議事録は2026年6月18日に公開された。3議題のうち、最初の2議題は「AI for Scienceによる科学研究革新プログラムについて」と「AI・ロボット分野における異分野連携・融合と研究環境強化の必要性について」。科学研究にAIをどう根付かせるか、日本が世界に対してどこで優位を確立するかをめぐり、白熱した議論が展開された。

5年間で科学を変える SPReADとARiSEの全容

文部科学省は2026年3月31日、「AI for Scienceの推進に向けた基本的な戦略方針」を策定した。同方針は第7期科学技術・イノベーション基本計画の期間(2026〜2030年度)に当たる今後5年間を「集中改革期間」と位置づけ、大胆な投資によって取り組みを加速するとしている。 

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2026年3月27日に閣議決定された「第7期科学技術・イノベーション基本計画」においても、AI for Scienceは科学研究革新の重要な柱として明確に位置づけられた。同計画では政府研究開発投資を5年間で60兆円、官民合わせて180兆円へ拡充する目標が掲げられており、文部科学省が令和7年度補正予算を財源として本格始動させたAI for Scienceの二つの事業はその最前線だ。

冒頭の議題では、文部科学省研究振興局研究振興戦略官(人工知能活用担当)付の轟木誠一郎参事官補佐が二つの事業の現状を説明した。

第一の事業がSPReAD(AI for Science萌芽的挑戦研究創出事業:Supporting Pioneering Research through AI for 1,000 Discovery challenges)だ。本事業は「迅速な支援」「AI導入に必要な伴走支援」「独創的研究の芽出し支援」の三つを柱として一体的に実施することにより、研究者等によるAI for Scienceに関する新たなアイデアへの挑戦を促し、裾野の拡大と科学研究力の強化を図る。人文学、社会科学から自然科学まであらゆる分野の研究者等を対象とし、1課題あたりの補助上限は500万円(直接経費、別途間接経費30%を配分予定)だ。大学所属の研究者だけでなく、民間企業の研究者や学部生・院生・高専生も応募可能とした点が、従来の競争的研究資金制度と大きく異なる。第1回公募は2026年4月17日から5月18日正午まで実施され、第2回は6月上旬を予定していた。

第二の事業がARiSE(AI for Science革新的研究推進事業:AI to Redesign Scientific Exploration)だ。2026年5月12日から6月30日正午を公募期間として、「戦略ターゲット型」と「国際・融合型」の二つの研究タイプを対象に募集している。戦略ターゲット型はマテリアル・バイオ・大型研究施設の三つを対象とし、戦略ターゲット型は1課題あたり10億円から最大30億円、国際・融合型は1課題あたり2億円を上限とする。科学基盤モデルやAIエージェント、次世代AI駆動ラボシステムなどの開発を一体的に推進する大型事業だ。

倍率15倍超 想定超えた1万5千件の衝撃

会合当日の時点で轟木参事官補佐は第1回の応募件数の詳細を「現在分析中」とした上で「相当程度、数倍の申請件数があった」と述べた。その後、文部科学省の発表によれば第1回公募では1万5千件を超える応募があり、倍率は15倍を超えた。2回合計で約1,000件の採択を予定するSPReADに、想定をはるかに上回る関心が集まった。学部生・高専生まで門戸を開いた異例の設計が、眠っていた研究意欲を掘り起こした格好だ。 

くじ引き審査は公正か  問われる透明性

SPReADの審査・採択スキームは、AIインタビューとピアレビュー、無作為抽出(ロッタリー方式)を組み合わせた二段階方式を採用した。第一段階でAIインタビューを参考情報として各課題の審査区分を決定し、第二段階でピアレビューと無作為抽出を組み合わせて採択候補を絞り込んだ上で、研究分野のバランスを考慮した審査委員会が最終判断を行う設計だ。

この仕組みに対し、北陸先端科学技術大学院大学副学長・教授の小泉周委員が率直に問題を指摘した。「ロッタリーファンディングをやるのであれば、どの部分で、どういう基準で、どのようにロッタリーを使うのかというところをかなり透明性を持って示さないと、単にロッタリーファンディングをやりますよと言ってもブラックボックスで、疑心暗鬼を生むだけになる」と述べ、第2回公募に向けた改善を強く求めた。

これに対し轟木参事官補佐は、プロセスを全て開示することで審査の「ハッキングポイント」が生まれるリスクがあると制度設計上の懸念を説明しつつ、「今回のノウハウを踏まえて、できるところ、取り入れるべきところをしっかり検討していきたい」と応じた。

小泉委員はさらに、e-Rad(府省共通研究開発管理システム)の運用についても問題を提起した。e-Rad番号は研究者の業績追跡や大学評価に広く活用されているシステムだが、今回のSPReADでは1人の研究者のe-Rad番号の下に複数の学生をひも付ける運用が行われたとして、「今までの研究評価でe-Rad番号を厳密に使っていた形からすると、本当に逸脱している」と指摘した。文部科学省側はこの点についても第2回公募に向けた検討を約束した。

慶應義塾大学理工学部化学科教授の畑中美穂委員も現場の実態を報告した。SPReADでは学部生や高専生も応募可能とされているが、研究室に所属していない学年の学生が500万円規模の資金を適切に管理できるかという問題が各大学で顕在化したという。「本当に若い学生さんも対象にするのだったら、お金の出し方というのが先生たちと同じだとちょっと危ない。何かの仕組みが必要だろう」と述べた。

米中に追随する日本  どこで勝負すべきか

第2議題では、文部科学省研究振興局基礎・基盤研究課専門職の金澤洋平氏が国内外のAI・ロボット分野の研究環境を比較して提示した。2026年3月26日にAIロボティクスに関する関係府省連絡会議が決定したAIロボティクス戦略では、2040年に20兆円の市場獲得を目標としている。 

文部科学省として研究開発と人材育成の両面から戦略に貢献する方針が示されたものの、各国の研究体制との比較から浮かび上がった実態は厳しい。スタンフォード大学(米国)やミュンヘン工科大学(ドイツ)、オックスフォード大学(英国)はいずれも大規模な専用施設と学際的な研究体制を持ち、財団や企業からの資金を基盤とした自立した運営を実現している。日本の拠点も学際性や人数規模では引けを取らないものの、主に教員・研究者のみで構成され、狭小なスペースでの活動にとどまるケースが見られるという分析が示された。

東京大学大学院公共政策学連携研究部特任准教授の松尾真紀子委員は、バイオ・AI・ロボティクスの三つが交差する融合技術の進展を具体的に描いた上で、「ELSI(倫理的・法的・社会的影響)や責任あるイノベーション(RRI)といった視点を、プロジェクトの中に最初から位置づけ、浸透させていく必要がある。最後に突然持ち出すのではなく、SPReADの公募説明の段階から盛り込んでほしい」と訴えた。社会的インパクトの視点を政策の入り口から組み込む重要性は、AI for Scienceが急速に拡大する今こそ問われている課題だ。

マンチェスター大学バイオテクノロジー研究所合成生物学教授の髙野恵理子委員は、中国がフィジカルAIロボットで世界をリードしている要因として、国家戦略としてのアプリケーション選択の巧みさを指摘した。「日本も昔からロボットを手がけてきた。iPS細胞のような日本が抜群に強い領域があるなら、それをAIで手助けできないかという考え方で考えてみた」と述べ、既存の強みとAIの組み合わせを模索する方向性を示した。

九州大学マス・フォア・インダストリ研究所教授で部会長を務める佐伯修委員も同じ問題意識を共有し、「全てを満遍なくやっていこうとすると日本の強みが出せない。細かく精密な製品づくりとAI・ロボット分野を掛け合わせてうまくいく分野が必ずある。そこをしっかりと国を挙げて探していく方策が必要ではないか」と述べた。総花的な推進から脱し、日本固有の強みと重なる領域に集中するという問いは、第3議題にも引き継がれる。

後編では、AIロボティクスを含む異分野連携の具体的な課題と、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の今後の展開をめぐる委員の議論を詳報する。WPIの国際的なブランド発信、アカデミー拠点の潜在力をどう引き出すか、そして日本の科学研究力を「世界に見える形」に変えるための方策とは何かが問われた第3議題の全容を後編でお届けする。後編はこちら