「人間力は人間力でしか磨けない」 非認知能力を育む学校
米国でライフスキル(非認知能力)教育を学んだ岡崎大輔氏は、「人間力は人間力でしか磨けない」と語る。和歌山で人間力を育てる学校「PETERSOX」を展開し、子どもたちが夢中になれる各種プログラムを展開するほか、大人を対象とした「生き方をつくるプロジェクト」に力を注ぐ。
うつ病や自殺を減らし
「自ら輝く人」を増やすために

岡崎 大輔
PETERSOX 代表
1980年、大阪生まれ。 同志社大学法学部を卒業後、外資系企業で8年間和歌山で勤務した後、米国のスプリングフィールド大学院アスレチックカウンセリングに留学。在学中はライフスキル教育を軸にしたコーチングを学び、ハーバード大学やオリンピック選手の育成機関でライフスキルトレーニングを実施し、教育学修士号を取得。2013年、ファーストティーコーチ優秀賞を受賞。2014年、和歌山市でライフスキルの学校「PETERSOX」を設立。著書に『「やり抜く子」と「投げ出す子」の習慣』。
ライフスキルとは生きるために必要な力であり、それは「自分とつながる力」「人とつながる力」「夢を実現する力」「問題を解決する力」などで構成される。昨今注目を集める「非認知能力」とも近しいものだ。和歌山市を拠点とするライフスキルの学校「PETERSOX(ピーターソックス)」の代表、岡崎大輔氏がライフスキル教育に関心を持ったきっかけは2011年頃にさかのぼる。
当時、和歌山県にある製薬会社でMRを担当し、うつ病に関する医薬情報を提供していた岡崎氏は「うつ病を治すことも大事だけれど、何とかして発症を抑えることはできないだろうか」と考えるようになった。いろいろ調べる中で、うつの発症や自殺を防ぐには、ライフスキルを養うことが必要だと確信。スポーツを通じたライフスキル教育や人格教育を学ぶため、米国スプリングフィールド大学院に留学した。
そして帰国後の2014年に立ち上げたのがPETERSOXだ。岡崎氏が目指すのは、ダンスや英語などを楽しむ活動を通してライフスキルを育て、子どもたちが「置かれた場所で自ら輝く人」になることだ。
しかし当時は非認知能力という言葉も浸透しておらず、一般的な学習塾とは異なるPETERSOXの取り組みはなかなか理解されなかった。しかし受講した子どもたちは着実に変化を遂げ、その様子をSNSや動画で発信し始めると、受講者はどんどん増えていったという。
「引っ込み思案でダンスの輪の中に入れずにいた子が、人前でダンスができるようになったり、最初は自己中心的な考えを持っていた子が、周囲と口論しながらも意見をまとめて映画を制作したりする姿を紹介しました。PETERSOXのプログラムに参加したら、『うちの子も変われるかもしれない』と感じてもらえたのだと思います」
人間力は人間力でしか磨けない
子どもとの関わり方を追求
和歌山県は、高校卒業後の県外流出率で全国上位に位置する。ある時、岡崎氏は子どもたちに「和歌山の魅力は何だと思う?」と質問してみた。すると多数の子どもから「何もない」という答えが返ってきた。
PETERSOXの特色あるプログラムの一つが、2016年にスタートした「こどもラボ」(現在は新規受付を終了)だ。それは、子どもたちがチームを組んで「どうやったら楽しいまちになるか」を考え、実践する取組みだ。子どもたちが「やってみたい!」という思いをもとに、仲間や周囲の大人を巻き込んで、商品や動画やコンテンツを自分たちでつくっていく。
「子どもたちが実際にまちに出て地域の課題を解決したり、和歌山で活躍するプロフェッショナルから幅広い分野の仕事を学んだりして、いろいろな生き方や働き方に出会います」
岡崎氏は子どもラボを続ける中で、子どもたちへの関わり方を変えていったという。
「当初は『いかに楽しませるか』に力を注いでいました。でも、それでは『夢中にさせている』だけで、子どもたちが心の底から『夢中になっている』わけではない。私から与えすぎてはいけないと気づきました」
岡崎氏は「人間力は人間力でしか磨けません」と語る、
「指導テクニックの方法論よりも、人間として付き合うこと、心を込めた言葉を発することが大切です。人間力を備えた講師がその場にいることで、子どもたちは自ら楽しみや夢中になれるものを見つけるようになります」

PETERSOXの各プログラムでは、子どもたちが楽しみ、夢中になることを大切にしている。
30日間で「生き方をつくる」
大人向けのプログラムも展開

大人向けに「生き方をつくるプロジェクト」を展開。
人としての在り方を問われるだけに、子どもたちとの関わり方を完全にマニュアル化するのは難しい。講師を増やすのは容易ではないため、近年は少人数でも運営しやすいオンラインプログラムにも力を入れている。
受講者が全国300人にまで増えているのが「オンライン朝えいご」だ。子どもたちが登校前の毎朝10分間、英語を学ぶ生配信のオンラインクラスであり、レッスン前には岡崎氏が朝礼を行い、フリートークタイムも設けられている。子どもたちは毎日の積み重ねで、英語を「聞く・読む・話す」技能を身に付けいてく。
「学校には自分の居場所がないと感じる子どもでも、『朝えいご』には安心安全を感じてくれているようです。英語の基礎力を磨くだけでなく、遅刻しがちだった子どもが元気に登校するようになったり、親子のコミュニケーションのきっかけになったりなど、副次的な効果も生まれています」
岡崎氏は今後、大人、特に母親向けのプログラムにも力を入れていきたいと語る。テストの点数など目に見える成果ばかりに捉われしまう母親は多く、子どもを自分の思い通りに育てようと執着してしまうケースは珍しくない。
「幼少期から親の期待に応えることが人生の目的になっていたりすると、大人になってから『何のために生きるのか』が見えなくなる恐れがあります。外から植え付けられた『人生脚本』に縛られていると、生きづらくなりますし、その生きづらさは世代間で連鎖します。PETERSOXでは大人向けに『生き方をつくるプロジェクト』を展開し、受講者が自身の価値観を見つめ直し、30日間で人生脚本を書き換えるためのプログラムを提供しています」
さらに今夏には「子育てをゆるめる」ことをテーマにした書籍の出版を控えている。大人と子どもの幸福度を高め、人生を豊かにするために、岡崎氏は多彩な活動でライフスキル教育を展開している。