教育と産業の接続を強化、時代の変化に対応する「未来人材」を育成
産業界と大学の一層の接続が望まれる中、経済産業省は2021年12月に「未来人材会議」を設置、両者の接続強化に向けた施策を検討している。未来人材の育成、また次世代の企業経営を担う人材育成を進める政策の背景を聞いた。
「未来人材会議」が目指す
教育機関と産業界の接続
島津 裕紀
2030年や2050年の産業構造転換を見据え、今後の人材政策について検討するため、経済産業省は有識者会議の『未来人材会議』を設置。2021年12月7日に、第1回の会議を開催した。
「会議は特に、教育機関と産業界の接続が十分ではないという問題意識から始まっています。変化が激しい時代にあって、産業界はどのような人材が必要かをしっかり大学に伝え、大学でそのような人材が育成されたら、きちんとした処遇で採用するという、双方のコミュニケーションのうえでの接続が必要です」
経済産業省 経済産業政策局 産業人材課長の島津裕紀氏は、こう語る。会議の主眼は企業・産業側が必要とする人材像の解像度を上げることだが、第1回の会議では、複数の委員から「初等・中等教育の段階から改善しなければ、今後の時代に活躍する人材は育たない」という指摘もなされた。
「会議には、文部科学省や厚生労働省にもオブザーバーとして参加していただいています。企業・産業側と初等・中等教育・高等教育側とをあまり分けずに議論することが重要です」
大学と企業の接続を強化するための政策としては、令和3年度補正予算の政府案に『高等教育機関における共同講座創造支援補助金(総額3億6,000万円)』の創設が盛り込まれた。この補助金では、企業が大学や高等専門学校で共同講座を実施したり、資金を提供して自社の人材育成に役立つようなコースを設置する場合、半額までを補助する(1件あたりの上限は3,000万円)。
「急激な産業構造の変化に対応できる、高度な専門性をもつ研究開発人材の育成は急務です。この補助金を呼び水に、より多くの企業が大学側に入っていく動きをつくれればと考えています」
一方、企業が自ら行う人材育成に関しては、賃上げを促す『賃上げ促進税制』の中に、研修などによる教育訓練投資を行えば、税額控除率が上乗せされる仕組みがある。また、経済産業省ではデジタルトランスフォーメーション(DX)に関する人材教育支援として、無料のオンライン学習コンテンツを紹介する『巣ごもりDXステップ講座情報ナビ』を開設、他に、地域未来デジタル・人材投資促進事業なども行っている。
他方で、多くの中小企業では、このような仕組みを活用する余裕もないのが実状だ。
「中小企業では、まず人材へ投資するための余裕を生み出すことが必要です。例えば、事業再構築補助金やものづくり補助金は、新たな機械設備やITツールの導入で生産性を高めるための補助金です。まずはこれらを活用して事業を効率化・高付加価値化し、その結果生まれた時間的・資金的余裕を、人材育成への投資につなげていただきたいです」
日本企業の人的資本経営
推進に向けた検討会も開始
企業の人材育成では、CXO人材といわれる経営人材の育成も重要な課題となっている。
経営人材の育成では、優秀な若手を幹部候補生にして色々な訓練を積ませたり、修羅場をくぐらせるのが王道だ。先進的なグローバル企業でも、このようなトレーニングが意識的になされている。「問題は日本企業でこうした育成がどの程度できているかです。できていないなら、その原因にアプローチしていく必要があるでしょう」。
人材育成は個々の企業の経営哲学の下で行われるべきだが、日本企業では、総じて平等や公平性を重視した経営を行う傾向がある。また、日本企業に多い年功序列も、若い段階からの経営人材育成を妨げる要因になっているとみられる。
「グローバルな観点から見て、日本企業が遜色のないCXO人材を育成できているかというと、やや劣後しているようです。ですから、私たちは今後、若いうちから幹部候補生を育てることを含め、人を大切にする経営の指針を示そうとしています」
こうした背景から、経済産業省では2020年に『人材版伊藤レポート』を公表、2021年7月には有識者会議『人的資本経営の実現に向けた検討会』を開始した。これらを通じ、日本企業における人的資本経営の推進を目指す。
「次の経営を担う人材だけでなく、一般社員も含めた社員のエンゲージメントを大切にする、会社の経営戦略にあった形での人事が求められています。また、近年は中途採用が増えており、中途人材が社内に溶け込んで活躍する仕組みも重要です。これらをふまえ、人事を中心に、人を大切にする経営に転換していく必要があります」
経営者の資質向上には
他企業での職務経験も有効
一方、企業の最高経営責任者(CEO)の承継に関する2018年の調査によれば、他企業での職務経験がない新任CEOの比率は日本企業で特に高かった。米国やカナダでは5%、西欧諸国では14%だったのに対し、日本では82%に上った。
「シリコンバレーの著名なコーチが重視する経営人材の資質に、一見全く異なる経験・事象からヒントを得る力『ファーアナロジー』があります。他の企業における経験は、経営者の資質向上に有効である可能性が高いということです。生え抜きが中心の日本企業ではその力が弱い可能性があり、経済産業省もこの点に強い問題意識をもっています」
『人的資本経営の実現に向けた検討会』では、年明け以降に提言を取りまとめる。そこでは人を大切にする経営のあり方とともに、経営人材自身の育成のあり方も示される見込みだ。