実務家教員に必要な3つの能力

専門職大学院に続き、2019年には専門職大学・短期大学がスタートした。今後、一層の需要が予想される実務家教員。どのような学びが必要なのか。

複雑化した現代社会の課題に立ち向かうためには、社会に偏在する知識を総動員する必要がある。この点において昨今、個々人の実践知(暗黙知)を既存の知識との間で体系化し、後世に継承する主体たる「実務家教員」の重要性が認識されつつある。

人生100年時代において、高等教育機関等においてもリカレント教育(社会人の学び直し)が注目されるなかで、社会のニーズを踏まえた学びを提供する実務家教員自身に必要な学びとはどのようなものだろうか。

本稿ではそれを、実務家教員に必須とされるいくつかの能力から紐解いてみたい。

実務家教員の課題

実務家教員には、「実務能力」、「教育指導力」、「研究能力」の三能力をバランス良く身につけることが求められる。まず前二者については、実務能力の高さと、それを適切に教授する能力の高さは必ずしも比例しないという課題がある。特に深刻な問題は、最先端で活躍する著名な実務家であればあるほど、自らの授業を「他者に評価されること」に慣れていない点にある。

こうした実務家教員の多くは、大学等でゲスト講師として授業に招聘され、それがある程度「ウケた」経験を有しており、授業運営に自信を持っている場合がある。しかしながら、「90分間の授業を組み立てる」ことと、「90分間×15回の授業を設計する」ことは根本的に異なる。

たとえば、一つひとつの授業をどのようなストーリー構成で繋げるべきか、15回の授業を通じて学生にどのような能力を身につけさせるか、そのためにどのような授業外の課題を出せばよいか、最終的な成績評価はどうすればよいか、どうすればシラバスでこれらを適切に表現できるか、といった事柄を考える必要がある。

これらについては、各機関で実施するファカルティ・デベロップメント(FD)等の取り組みにより一定程度は解消されうるものの、その前に学生からの批判にさらされて自信を失う、あるいは上手くいかない原因を学生に転嫁する実務家教員も残念ながら存在している。

教員養成プログラムの活用

こうした不幸な結末を避けるためには、実務家教員になる前に、自らの授業について深く考えるための機会をもつことが肝要である。これは実務家教員に限った話ではなく、2019年8月には、博士後期課程における「プレFD」の実施または情報提供を努力義務化する形で、大学院設置基準が改正された。

それまでにも多くの大学が教員養成のためのプログラムを開講していたが、教学マネジメントの必要性に関する認識が高まるなかで、いわゆる研究者教員による教育のあり方も見直される時期がきた、というわけである。

一方で、学術的な知見を教授する研究者教員と、実践知を継承する実務家教員では、その教育指導力を提供するためのプログラムも異なって然るべきである。実務家教員に特化したプログラムとしては、2020年1月現在、社会情報大学院大学が東京・大阪・名古屋・福岡の四都市で開講する「実務家教員養成課程」が、国内で唯一開講されている。

同課程で重視されているのは、あらゆる領域の実務家教員にとって必要なジェネリックスキルを提供することにある。すなわち同課程は、受講者一人ひとりが、自らのキャリアを省察的に見つめ直すことで、教授したい/教授できるテーマを発見し、それを既存の学術的知見を踏まえつつ体系化するための方法を学び、最終的に科目シラバスと模擬授業の完成を目指す、というものである。

同課程では、あらゆる場面で他の受講生や教員からの評価を受ける機会が設けられており、上述した「評価慣れ」への一定の処方箋ともなることが期待されている。

実務家教員向けの養成プログラムについては、2019年に文部科学省「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」の公募を経て、東北大学・社会情報大学院大学・名古屋市立大学・舞鶴工業高等専門学校の四校が中心となり、今後も全国的に拡大していく見込みである。まずはこうしたプログラムを活用することが、実務家教員として活躍するための近道といえよう。

自らの客観視が実務家教員に必要な第一歩だ(画像はイメージ)

自らの客観視が実務家教員に必要な第一歩だ(画像はイメージ)

実務家教員の「研究能力」

先に、実務家教員にとって必要な能力として「研究能力」を挙げた。ここでいう研究能力とは、研究倫理への理解を前提に、高等教育機関等に所属する教員として「論文を書く」能力や、学生に「研究指導をする」ための能力に限られない。それ以上に実務家教員に求められる研究能力は「体系化・言語化能力」である。

自身の経験を体系化ないし言語化するために、どのような手続きが必要だろうか。この点においては、「SECIモデル」のようなナレッジ・マネジメントの知見がひとつの手がかりとなろうが、その前段階として何よりも重要なのは、「自らの実践知を客観視すること」である。

具体的には、自身の経験をおなじ領域の他者と比較するとともに、自身の実務領域に近い分野の「教科書」を精読すべきである。もちろん、教科書に沿って必要な知識を教授する授業は実務家教員に期待されるものではないが、これは自身にとって「当たり前」となっている事柄の特殊性や重要性を認識するために必要なことである。

実務家教員には、このプロセスを経て得られた漠然とした違和感、すなわち、「自身の実務経験と学術的知見の隔たり」を埋める手段を構想し、提言する能力が求められているのである。

さらに、こうしたプロセスを通じて得られるもう一つの能力が「翻訳能力」である。実務家教員には、産業界で使われる言語と学術界で使われる専門用語(ジャーゴン)を、相互に参照可能な形に変換することが期待されている。

複雑化した社会における「実務と理論の融合」は、学術の世界における重要課題のひとつと考えられている。そこにおいて、学術界と産業界を結ぶ共通言語を提示できる実務家教員が中心的な役割を担うことは間違いないだろう。

必ずしも、すべての優れた実務家がそのまま実務家教員として活躍できるわけではない。他者からの評価を受け、他者に学び、そして先行研究に学ぶことではじめて、実務家教員としての自らの立ち位置を明らかにすることができる。謙虚に自らを客観視することが、実務家教員となるための第一歩なのである。

文・橋本純次

社会情報大学院大学 広報・情報研究科 助教