コラム・食と農の人材育成① 〜全国で増える農林漁業の「学校」〜

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農林漁業の人材育成をめぐって、学校がブームになっていることをご存じだろうか。林業分野では、2012年度に京都府が「京都府立林業大学校」を開学したことが皮切りとなって、こぞって都道府県が林業大学校の設置や刷新に取り組みはじめた。現在、24の道府県において公立の林業学校が設立・運営されている。

漁業についても同様の傾向があり、2011年度ごろから、都道府県が主体となる学校が設立されている。「三重県漁師塾」、「京都府海の民学舎」、「ふくい水産カレッジ」など、林業分野とは異なり「大学校」という名称はほとんど使われていないが、これは国の水産大学校との混同を避けるためだろう。

双方の分野において、専修学校としての位置づけを持つ学校がある一方で、条例を設置根拠とする等により学校教育法上の位置づけを持たない学校も多く見られる。また、学校の新設にあたっては、都道府県の林業・水産部局が主体となることがほとんどだが、即戦力の人材養成という観点から、カリキュラムの作成や講師のアレンジ、実習機会の提供などを通じて、地域の業界団体と密な関係を持つことが多い。

農業分野ではどうだろうか。林業や漁業に比べると、農業分野では「学校」という形式を通じた人材育成はより広く浸透しており、公立の農業大学校は多くの地域で一般的にみられるものであった。しかし「なら食と農の魅力創造国際大学校」のように、従来にない新しい理念のもとに開設される学校も生まれている。また、農業の場合は、国立・私立双方の大学において、農学部の新設が相次いでいることも見逃せない傾向だ。

農林漁業の学校ブームの背景にはいくつかの要因がある。まず、就業者を取り巻く環境が変化している。従来、農林漁業の新規就業者の多くは農林漁家の子弟であり、彼らは生活を通じて、基礎的な技術や知識を習得していた。しかし、農林漁家の子弟が必ずしも後継者とならなくなったこと、加えて、第一次産業の就業人口割合が減少し、社会の中に農林漁業との接点が減ったことから、学校という形式は就業希望者にとってちょうどよい入口となっている。

もうひとつは求められる能力の多様化・複雑化である。長らく農林漁業は高品質な産物を安価で大量に供給することを目的として発展してきた。これは、戦後しばらく、食料不足や住宅難の解消が根源的な目標であったためである。しかし、現在、農林漁業では、消費者が求める価値の多様化、グローバル市場を前提とする経営、環境や社会倫理と生産のバランスなど、経営環境が複雑化するなかで、経営の選択肢も多様化している。このような状況のために、現場実践から得られる技術や知識だけでなく、新たな種類の学びのニーズが生まれているのである。

次回は、農林漁業の高度人材とはなにかについて紹介する。
(次回更新は9月下旬予定)

 ★画像名田村 典江(たむら・のりえ)
事業構想大学院大学 講師、一般社団法人 FEAST 代表理事。兵庫県西宮市生まれ、京都府京都市在住。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。専門は農林水産政策、持続可能性科学、コモンズ論など。農林漁業と農山漁村を専門とする民間シンクタンクにて地域活性化や農林漁業振興の実務に携わったのち、研究機関に転じ、持続可能な食と農のシステムに向けた転換や、小規模でローカルな農林漁業の活性化とそのための制度・政策のあり方について研究。生態系と調和した社会経済系をどう構築するかに関心を持っている。近著に『みんなでつくるいただきます』、『人新世の脱〈健康〉』(いずれも共編著、昭和堂)。