中長期的な企業価値の向上へ、企業の人的資本経営を後押し

中長期的な企業価値の向上において注目される人的資本経営。経産省では2022年8月、日本企業における人的資本経営を実践と開示の両面から促進することを目的に「人的資本経営コンソーシアム」を設立した。人的資本経営を推進する経産省の取組みについて聞いた。

人的資本経営の
実践と開示を両輪で促進

西村 萌

西村 萌

経済産業省 経済産業政策局
産業人材課 課長補佐

2022年8月25日、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏をはじめとする計7人が発起人となり、「人的資本経営コンソーシアム」の設立総会が開催された。

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値の向上につなげる経営の在り方。人材を人件費といったコストや管理対象として消極的に見るのではなく、その価値をどう伸ばすかという方向で改めて見直すという考え方だ。

経済産業省産業人材課の西村萌氏は「国としては、経営戦略と連動した人材戦略を企業の中でどう実践するか、そして、その情報を投資家や社外のステークホルダーに対して、どう開示していくか。この2軸で取組みを進めてきました」と話す(図1)。

図1 人的資本経営の推進

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図2 人的資本経営のフレームワーク

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経産省では2020年9月に「人材版伊藤レポート」で人的資本経営のフレームワーク(図2)を示し、2022年5月、人的資本経営を実践に移していくための取組みや工夫をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を公表。一方、人的資本の情報開示は、内閣官房が同年8月に「人的資本可視化指針」を公表した。この流れのなか、「経営戦略と連動した人材戦略の実践」と「人的資本の情報開示」を両輪で進めていく観点から設立されたのが「人的資本経営コンソーシアム」だ。

「人的資本経営への取組みを進める企業が一堂に集まり、情報や課題の共有をすることで、互いに切磋琢磨していただくような場になることを期待しています」

人的資本経営コンソーシアムで
先進事例の共有や対話の場を

コンソーシアムの会員数は437法人(2022年12月15日時点)。今後は日本企業及び投資家などによる人的資本経営の実践に関する先進事例の共有、企業間協力に向けた議論、効果的な開示方法の検討などを進めていく。コンソーシアムとしては、会員企業が自社で人的資本経営を確実に進めていくための推進力や良いきっかけを提供したいという。

昨年8月の設立総会後、10月に企画委員会を開き、各分科会の活動計画等について議論を行った。11月以降には、実践分科会、開示分科会を開催。実践分科会では実際に取組みを進めている企業がプレゼンしたほか、課題の共有や解決に向けたディスカッションを、開示分科会では開示に関する先例事例を共有した。分科会などの活動は各社CHRO(最高人事責任者)が参加している。

「経営戦略と人材戦略を連動させていくには、経営の目線で人材戦略を見ることのできる存在が必要です。そのポジションとして、経産省ではCHROが重要だと考えています。現在、コンソーシアムでの議論もCHROの方に行っていただいています」

今後は、会員企業と投資家との対話の場も作っていく。

「投資家から人的資本の取組みを評価していただくことも大事ですし、企業としても投資家がどう見ているのかを経験していただく機会が必要かと思います。こうした場を、積極的にコンソーシアムとして作っていこうと考えています」

人的資本経営の支援政策を展開

経産省では、人的資本経営を推進するにあたり、企業の具体的な取組みを支援していく。人材育成の文脈では、2022年度に引き続き令和4年度第2次補正予算として「高等教育機関における共同講座創造支援事業」に3.6億円を計上(図3)。企業等が、自社が必要とする専門性を有する人材育成の加速化を図るために、大学・高専などの高等教育機関において、共同講座を設置することを目的に費用を支出する際、一部を補助する。

図3 高等教育機関における共同講座創造支援事業の概要

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「リスキリングへの取組みに重点を置き、企業が共同講座による社員のリスキリングの成果を処遇に反映する場合には、補助率を1/3から1/2に引き上げる仕組みとしています」

もう一つ、力を入れているのが、企業の教育への積極的な対応を促進するための措置だ。企業と大学等が連携して必要な人材育成をしていく場合に、学校法人自体を設立するケースもある。そこで、私立の大学や高専、専門学校設立に向けた企業による寄附金を、個別審査を不要とし全額損金算入とする税制上の仕組みを整備する

また、多様なキャリアパス、最適なキャリアパスの実現という観点では、新たに「副業・兼業支援補助金」を43億円(令和4年度第2次補正予算)計上。副業に人材を送り出す企業、または受け入れ側の企業に対し、これらに要する費用の一部を補助する。令和5年度予算案では「大企業等人材による新規事業創造促進事業」として6億円を計上。この中で、出向等により起業を行い、社外での経験を積む「出向起業」も支援する。

「企業を取り巻く環境が転換する中、人材こそが企業経営を支える礎です。経営者をはじめ、人材戦略を担う方には、人材戦略を通じ経営を見つめ直すという考えで、危機感を持って、人的資本経営に取り組んでいただくことが重要です。経産省や関係省庁も連携して、人的資本経営を後押しする多層的な施策を展開していきます」

※主な要件は2028年3月31日までの間かつ学校法人等の設立前に支出され、その設立のための費用に充てられる寄附金であることなど