特集紹介 新たな価値創造を実現する 起業家精神を育む教育・制度とは?

岸田政権は2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、今後5年間でスタートアップの数を10倍に増やすことを視野に「スタートアップ育成5か年計画」を策定。こうした中、高等教育や企業、社会人のアントレプレナーシップを醸成する様々な取組みが加速している。(編集部)

大学等で本格化する
アントレプレナーシップ教育

岸田政権は、2022年を「スタートアップ創出元年」と定め、今後5 年間でスタートアップの数を10倍に増やすことを視野に「スタートアップ育成5か年計画」を策定。人材・ネットワークの構築や資金供給の強化などを本格化する。

一方、スタートアップ創出に向けて、日本は様々な課題が指摘されている。その一つが「起業意欲」が低い点だ。長年、国内外のスタートアップ動向を見てきた日本総研の岩崎薫里氏は、起業意欲を高める最も有効な方法は、起業家が周囲にいることだと指摘しながらも、周囲に起業家が少ない現状で、起業意欲を高められる対応策として、①アントレプレナーシップ教育の推進と、②副業・兼業の促進の二つを挙げる(➡こちらの記事)。

ただ、アントレプレナーシップ教育は、そもそも何なのかという疑問を持つ人も多いだろう。東京大学Fou ndXディレクターの馬田隆明氏は、「アントレプレナーシップ教育」と「起業家教育」は峻別すべきであり、教育機関におけるアントレプレナーシップ教育は、広義の「起業家性」を持った人材を育てるものと考えられると指摘する(➡こちらの記事)。

アントレプレナーシップ教育を促進するため、「全国アントレプレナーシップ醸成促進事業」など様々な事業を展開する文部科学省も、2021 年度に全国の大学生や大学院生を対象とした、オンラインによる1,000 名規模の「全国アントレプレナーシップ人材育成プログラム」を試行的に実施。また、2020年に内閣府は、グローバル拠点都市と推進拠点都市から成る「スタートアップ・エコシステム拠点都市」を選定。各拠点都市では、プラットフォームが形成され、各プラットフォームではアントレプレナーシップ人材の育成やスタートアップ創出に一体的に取り組む活動が行われており、国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST) の「大学発新産業創出プログラム(START)」を通じて、これを支援している(➡こちらの記事)。プラットフォームの一つである、Greater Tokyo Innovation Ecosystem(GTIE)は、東京圏を中心とした大学や自治体・VC・企業等の力を結集し、スタートアップ・エコシステムの形成を目指しており、東京大学・早稲田大学・東京工業大学の主幹3大学と共同機関との計14 大学を中心に自治体やスタートアップを支援する機関が民間から多数参画している(➡こちらの記事)。

また、スタートアップ・エコシステムに関連して、渋谷区では、官民連携で国際的なスタートアップへの育成を目指した新会社「シブヤスタートアップス」を設立している(➡こちらの記事)。

一方、大学など高等教育の現場では、専修大学の遠山浩教授は、課題を「自分事化ができない」学生が多いように思えると話す。そうした中、社会課題解決を目指すSDGsは、「自分事化」につながる第一歩として、取り組みやすいテーマだ。このように取り組めば、人文系向け起業家教育も可能だと指摘する(➡こちらの記事)。

また、大学の実際の取組みを見ると、「地域を巻き込んだアントレプレナーシップ人材育成」の先進例として山形大学アントレプレナーシップ教育研究センターの取組みが注目されている。山形大学アントレプレナーシップ教育研究センターでは、アントレプレナー(起業家)や企業・団体内で新規事業を興すリーダーとなるイントレプレナーの育成を目的とし、中高生から大学生、社会人までの幅広い層に向け、教育・人材育成から事業化支援まで一気通貫のプログラムを実施している(➡こちらの記事)。

アントレプレナーシップを発揮し、新たな価値創造を生みだす人材の育成に向けて、産官学で様々な取組みが広がっている。画像はイメージ。

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社会人のアントレプレナー
シップはどの様に育むか

アントレプレナーシップ(起業家精神)を発揮して、新たな価値創造を実現する人材育成の必要性は企業内においても高まっている。そうした中、イントレプレナー(企業内起業家)が必要という認識が広がり、様々な取り組みが行われている。それは、既存の大企業も例外ではないが、社内で制度を考えるときに、いくつかの大きな誤解が生じている。

この点について、松波晴人氏(大阪大学フォーサイト代表取締役社長)は、イントレプレナー育成は、「正解を出す優等生の組織」をつくることではなく、「不確実性の高いことを成し遂げようとする桃太郎チーム」を輩出することだと指摘する(➡こちらの記事)。

また、政府も社会人のアントレプレナーシップ醸成を後押ししている。例えば、経済産業省が2015年度に立ち上げたグローバル起業家等育成プログラム『始動 Next Innova tor』。これまで、800名以上の卒業生を送り出し、シリコンバレーへの派遣も160名ほどを数える。始動卒業生が創業したスタートアップの時価総額は700億を超え、イントレプレナーとして大企業の中で新事業やコーポレートベンチャーキャピタルを立ち上げる動きもあり、社会にインパクトを与え始めている(➡こちらの記事)。

一方、実際の企業の取組みを見ると、南海電気鉄道(南海電鉄)は2019年4月、事業創出を通じたイノベーション人材の育成・輩出と新たな価値の創出を目的に、グループ全社員を対象とする事業創出支援プログラムを開始している(➡こちらの記事)。

また、NPO法人ETIC.では、企業・行政・NPOなどの多様なセクターと連携し、アントレプレナーシップを備えた人材を育み、課題が自律的に解決される社会を目指している。参加者が自ら社会課題解決に挑戦する実践的なプログラムを提供し、これまでに累計の参加者数は約1万3000人、輩出した起業家数は約2000名にのぼる(➡こちらの記事)。

さらに、社会が複雑多様化し、様々な社会課題が山積する中で、アントレプレナーシップを発揮する人材の必要性は、産業界だけに留まらない。こうした社会課題解決の担い手として、いわゆる社会起業家への注目が高まっているが、さらに、課題を政策アジェンダ化し、その実装に尽力する「政策起業家」が求められている(➡こちらの記事)。そうした中、政策起業家プラットフォーム(PEP)は、「私たち一人一人が、公共政策をつくる」を理念に掲げ、政策起業家の研究・育成・研修等や、コミュニティの場を提供している。

本特集では、企業での人材育成や、社会人支援、高等教育などに焦点をあて、アントレプレナーシップをいかに育むことができるかを取材を通じて、その実際を追った。

社会学においては、コミュニティ構成員の3.5%が変わると、コミュニティ全体の変化が加速度的に進むという研究がある。誰もが挑戦できる、そして誰かの挑戦を応援できる文化の醸成に、本特集が一助となれば幸いである。