『独自性のつくり方』 価値の源泉としての「自己満足」

「自己実現」を迫る社会では、かえって「自分らしさ」が見えなくなっていく。社会的な競争から距離を置いて、「自己満足」を起点に「自分らしさ」を探る。

社会に利用される「自己実現」の
落とし穴を覗きこむ

田村 正資

田村 正資

作家・哲学研究者
東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門はメルロ=ポンティの思想と現象学。高校生時代には伊沢拓司とチームを組み第30回高校生クイズ優勝を果たす。現在は株式会社batonで新規事業開発を手掛けながら、作家活動も行っている。著書に『問いが世界をつくりだす』、『独自性のつくり方』がある。

ある日、父親から幼稚園の卒園文集をスキャンしたファイルが送られてきた。家の片付けをしていたら発掘したのだろう。「しょうらいのゆめ」という欄をみると、そこには「うどんや」と書かれていた。たぶん、文集を書く直前にうどんの手打ち体験のようなことをして、それが楽しかったのだろう。

友人の子どもと話していても感じることだが、まだ小さい子どもにとっては、過去も未来もわずかな幅しか持ちえない。「しょうらい」と言われても、それが明日か明後日のようなものとしかイメージできない。

小中高、そして大学。教育課程を経るうち、「しょうらいのゆめ」は「将来の夢」「進路調査票」「エントリーシート」と名前を変えて、ときに不快な生々しさを帯びるようになる。「しょうらいのゆめ」にあったはずのふんわりとした、ワクワクする響きは削ぎ落とされている。そして私たちは、自分の過去を「自分らしさ」として魅力的に脚色し、それが運命的に「御社」の事業への共感と志望動機をもたらしたのだという物語化を迫られる。ひとつだけならまだしも、応募する企業の数だけ物語を考えていたら、いつしかそこに投影されるはずの「自分」も分裂して、かすんでしまう。

(※全文:2470文字 画像:あり)

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