特集内容紹介 創造性を発揮させるための教育・組織・環境とは?

ビジネスから地球規模の環境問題まで、複雑化した現代社会では既存の枠組みに囚われない視点や発想から解を生み出す必要性が高まっている。本特集では、大人の創造性を育成・発揮するために必要な要素について、教育・組織・環境などの観点から考察した。(編集部)

人がもつ創造性(クリエイティビティ)は、絵画や音楽といった芸術分野に限らず、これまでにない製品のデザインや開発、新たな市場の創出やイノベーションをもたらす研究など、さまざまなかたちで発揮されてきた。

特に21世紀に入ってからは、予測の難しい事態が立て続けに起こり、既存の方法論やこれまでの経験が通用しないケースが増えている。教育領域だけでなく、ビジネスシーンや社会全体で創造性の発揮が重視されるようになった背景にはこうした社会の大きな変化があるといえる。

テクノロジーの発達が
創造性に与える影響

こうした社会変化の一端を担っているのがテクノロジーの発達だ。1990年代からのPCやインターネットの普及、そしてスマートフォンの普及などにより、人々が触れる情報の量と質は大きく変化した。デジタルツールを用いてものをつくることも容易になり、一人の人が表現できることの幅も大きく広がった。

また、昨年末からは、「生成系AI」と呼ばれる人による入力に応じて会話文や文章、画像などを出力するAIサービスが複数ローンチされ話題を呼んでいる。これらのサービスで作り出された文章や画像は、一見すると人が作ったものと遜色ないレベルのものも多く、創作的な活動は人にしかできないとされてきたこれまでの通念をゆるがしている。

慶應義塾大学教授で人工知能研究者の栗原聡氏(➡こちらの記事)は、あくまでAIは人類がこれまで蓄積した知識や情報を元にアウトプットを行っているだけだと指摘したうえで、これらAIを使いこなすための社会的能力こそが、AI時代に人が創造性を発揮するために必要だとする。

アウトプットの前にある
「観察」の重要性

創造性は、課題に対する解の一つであるイノベーションの創発にも欠かせない。デザイン・イノベーション・ファームとして多種多様なプロジェクトを手掛けるTakram 代表の田川欣哉氏(➡こちらの記事)は、近年注目を集めるデザイン思考やデザイン経営の根幹にある「デザイン」でまず重要なことは、徹底した観察を行いそこで得た知見・洞察を次の行動に反映し、再び観察を経て改善していく、という一連のサイクルを回していくことだと指摘する。田川氏は、デザイナーなどの専門的職業人でなくともこの観察とプロトタイピングのサイクルを回すというデザイン思考の基本は多くの人が身につけるべきだと語る。

この「観察」の視点は、本特集で多くのインタビューイが言及した点だ。Harajiri Marketing Design代表で龍谷大学客員教授の原尻淳一氏(➡こちらの記事)は、自身が日課とする膨大な観察メモを示しながら、自分の中に知の蔵を作り上げることが、ひいてはその人だけの発想を生む基盤になるとする。また、学部教育と大学院教育の両面でクリエイティビティ涵養を行う武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科・クリエイティブリーダーシップ研究科(➡こちらの記事)では、造形などのアート教育を通じて身につく3つの力の一つに観察力を挙げる。さらに、京都大学経営管理大学院によるリカレント教育「Kyoto Creative Assemblage」(➡こちらの記事)では、社会観察という人文社会学的視点を養うことで新たな価値を創造する人材の育成を目指す。

クリエイティブという言葉を目にしたとき、私たちは華やかで斬新なアウトプットに期待してしまうことが多い。しかし、そうしたアウトプットの背景には静かに連綿と続く「観察」のフェーズがあること

クリエイティビティ発揮に
重要な環境・場

「観察」が創造性を養うために重要であるが、それを能力として発揮するためにはどのような教育・組織・環境が必要となるだろうか。まず、教育という観点では文部科学省による「大学等における価値創造人材育成拠点の形成事業」に注目したい(➡こちらの記事)。本事業は前述の京都大学Kyoto Creative Assemblageが採択校の一つとなっている事業で、デザイン思考・アート思考などを取り入れた社会人向け教育プログラムの構築を探るものだ。社会人のクリエイティビティ育成の方法論がまだない中で挑戦的な取り組みであるといえ、今後の進展が期待される。また、教育研究の観点からは聖心女子大学専任講師の石黒千晶氏(➡こちらの記事)、神戸大学助教の清水大地氏(➡こちらの記事)にも話を聞いた。

さらに本特集では、クリエイティブ領域の企業の組織や制度にも注目した。資生堂グループのクリエイティブを担う資生堂クリエイティブは、クリエイターを抱える一部署からあえて新会社として独立、よりクリエイティビティの創発が促される組織のあり方を模索している。代表の山本尚美氏は、近年のデジタル化の波もふまえ、クリエイターはT字型人材的に能力開発を行っていかなければならないと語る(➡こちらの記事)。

また、日本が世界に誇るクリエイティブ産業の一つでもあるゲーム業界からは、金沢を拠点に世界に展開するグランゼーラ代表の名倉剛氏に話を聞いた(➡こちらの記事)。一見突飛な発想力が重要だと思われるが、ゲームクリエイターにはそれ以上に、他者と協力しながら地道に作業を続ける姿勢が求められるという。

オフィス環境の観点では、東京大学大学院経済学研究科准教授の稲水伸行氏とオフィス空間を手掛けるオカムラ、DX推進支援のディスカバリーズの3者が行った共同研究の内容を紹介する(➡こちらの記事)。コロナ禍を経てオフィスと在宅などのハイブリッド・ワークも普及しつつあるが、単に働く場所が複数あるという以上に、働き手一人ひとりが意思をもって自律的に働く場を選択するときに最も創造性が発揮されるという点は、経営・人事の面から注目すべき結果だといえそうだ。

こうした場の転換はクリエイティビティの源泉でもある想像力を刺激することになる。動物園・テーマパークとして有名な『アドベンチャーワールド』を運営するアワーズでは、このたび企業を対象に「動物×アート思考」をテーマとした研修を開発(➡こちらの記事)。動物園という非日常の場で、生物多様性やSDGsといった地球規模の課題への解決策を考案するというプログラムのトライアル実施を進める。

今回の特集で紹介する多様な知見・多彩な取り組みを皆様の日常業務に活かしていただければ幸いである。

クリエイティビティを創発するには教育・組織・環境・制度などさまざまな要素を整える必要がある

illustration by Samantha / Adobe Stock