教育に生かす「キャリア構築理論」 物語を通じて自分の未来を描く
サヴィカスは、適性と職業のマッチングに焦点を当てた従来型のキャリア理論に対し、「キャリアは自分自身の物語として構築していくもの」と考えました。人は過去の経験を物語として語ることで、自分が何を大切にしているか、どのような強みを発揮してきたかを理解します。この「物語化」を通じて、将来の選択や方向性に納得感を持つことができるのです。

発達段階別の実践アプローチ
キャリア構築理論を教育現場で活用する際は、児童・生徒の発達段階に応じたアプローチが重要です。
小学校高学年(5~6年生): 「好きな活動」や「得意なこと」から自己理解を始めます。「友達に教えてあげたこと」「家族に褒められた経験」など身近な成功体験を振り返り、簡単な物語として語る練習から始めましょう。
中学生: 部活動での役割や学級での活動を通じて、より具体的な自己分析を行います。「チームで困ったとき、自分はどう行動したか」「文化祭でどんな役割を果たしたか」といった問いかけで、価値観やライフテーマの芽を見つけることができます。
高校生: アルバイトやボランティア、受験勉強などの経験を通じて、より深い自己理解を促します。「困難を乗り越えた経験」「影響を受けた人物」について語り、将来の方向性と結びつける活動が効果的です。
大学生: インターンシップや就職活動を「物語」として意味づけし、専門性と人生の価値観を統合する段階です。複数の経験を関連づけながら、一貫したライフテーマを構築していきます。
書くことや他者比較が目的ではなく、内省のプロセスそのものを目的にして取り組むと良いでしょう。他者との比較をするのと出来ていない部分に注目が行き、書きにくい児童生徒が減るような工夫が必要です。その場合は、過去の自分と比較をするような視点を持つことで、自己肯定感や自己効力感の強化にも活用ができるワークになると思います。
学校現場での応用ポイント
- 物語を引き出す問いかけ
中学・高校生にとっては、将来の職業像がまだ具体的でないことも多いですが、「これまでで一番頑張ったことは?」「友人から頼られた経験は?」といった問いかけから物語を引き出すことができます。大学生の場合は「困難を乗り越えた経験」や「影響を受けた人物」など、より深い自己分析につながるテーマを扱うと効果的です。 - キャリア適応性を意識する
サヴィカスは、キャリアを築く力として「関心・統制・好奇心・自信」の4要素を挙げています。これを簡単なチェックリストにして、生徒自身が「自分の強みはどこか」「これから伸ばしたい力は何か」を考えることで、変化に適応する力を育てることができます。 - 他者との対話で気づきを深める
自分の物語をクラスメイトと語り合うことで、新たな自己理解が得られます。インタビュー形式で「なぜその経験が大事だったのか?」と問いかけ合うと、価値観やライフテーマが浮かび上がります。他者の視点を通じた発見は、キャリア教育において大きな意義を持ちます。
実践例:キャリア・ストーリー・ワーク
授業では、次のような流れで実施することが可能です。
個人作業:「誇りに思う出来事」「挑戦して乗り越えた経験」を書き出す。
ペア・グループ対話:互いにキャリア・ストーリー・インタビューの手法を用いてインタビューし合い、価値観や強みを探る。
振り返り:キャリア適応性の自己診断を行い、自分のライフテーマを一言でまとめる。
発表・共有:学んだことをポートフォリオに記録し、クラス全体で気づきを共有する。
このようなプロセスを経ることで、生徒は「自分の物語」を再認識し、未来への展望を主体的に描けるようになります。主体はあくまでも「自分」であるということを意識できるような機会になるとキャリアを検討する準備となっていくでしょう。
教育現場での配慮と工夫
多様な背景への配慮
家庭環境や文化的背景が異なる生徒がいることを前提に、「正解のない物語」であることを強調し、多様な価値観や経験を肯定的に受け止める姿勢が重要です。
評価とアセスメント
物語化の取り組みは、テストのような数値評価ではなく、ポートフォリオや振り返りシートを活用した質的な評価が適しています。生徒の自己理解の深まりや、キャリア適応性の向上を長期的に追跡することが大切です。
他教科・領域との連携
総合的な学習の時間、道徳、特別活動と関連づけることで、キャリア教育を学校全体の取り組みとして位置づけることができます。国語科での作文指導や、社会科での職業学習とも自然に結びつけられます。
保護者・地域との協力
キャリア構築は学校だけで完結するものではありません。保護者との面談で生徒の物語を共有したり、地域の職業人をゲストスピーカーとして招いて多様なライフテーマに触れる機会を作ったりすることで、より豊かな学びになります。
今、なぜ重要か
AIやグローバル化によって社会は急速に変化し、一つの会社で定年まで勤め上げる従来のモデルは揺らいでいます。その中で、キャリアは「一度の選択」ではなく「意味を紡ぎ続けるプロセス」として捉えることが必要です。中学・高校・大学・社会人と発達段階に応じて、自分の経験を物語化し、適応性を高める学びを積み重ねることは、生涯にわたりキャリアを切り開く力となるでしょう。
期待される教育効果
主体的な進路選択
他者から与えられる進路ではなく、自分の価値観に基づいた納得感のある選択ができるようになります。これは、総合型選抜入試のような受験対策のひとつにもなり得ます。
変化への対応力
将来の職業が予測困難な時代において、特定の職業を目指すよりも「変化に適応する力」を身につけることができます。受験などの失敗経験を乗り越えて、その経験をどう活かすかというレジリエンス力にもつながります。
自己肯定感の向上
自分の経験に意味を見出し、物語として統合することで、ありのままの自分を受け入れる力が育まれます。
サヴィカスのキャリア構築理論は、進路指導や職業理解に新しい視点を与えます。教師が「物語」を活用した問いかけやワークを取り入れることで、生徒は自己理解を深め、未来に対して前向きに意味づけを行うことができます。キャリア教育における実践のヒントとして、ぜひ活用してみてください。
リカレント教育のためのキャリア相談室
- 酒井 信幸 キャリアコンサルタント/社会構想大学院大学事務局長 兼 先端教育研究所研究員