読みにくさ、書きづらさに教科書が歩み寄る 光村図書がデジタル教科書で取り除く「壁」
光村図書出版株式会社は2026年9月1日、国立大学法人筑波大学人間系の丹治敬之准教授とともに、デジタル教科書の有効性を検証する共同研究を始めたと発表した。(関連記事)デジタル教科書には、音声読み上げや文字サイズの変更、背景色の調整といったアクセシビリティ機能のほか、教科書の本文を抜き出してまとめる「マイ黒板」のように、書く負担の軽減につながる多様な教材が収録されている。
読みにくさや書きづらさという壁を取り除くことを狙ったこれらの機能は、読むことや理解することに困難を抱える子どもたちを、実際にどう支えているのか。本誌は同社の西村智子執行役員(編集第二本部デジタル開発部長)と、同部デジタル企画課の髙橋圭祐課長、諸星奏希氏の3人に、調査の狙いと開発の背景を聞いた。
困っている子どもの数すら分からず
出発点は、読み書きに困難を抱える子どもへ必要な支援が届いているのかという問題意識だった。文部科学省が2022年12月に公表した調査では、通常の学級に在籍する小・中学生のうち、学習面で著しい困難を示す子どもは推定6.5%だった。学級担任などの回答に基づく推定値である。一方で、デジタル教科書のどの機能がどのような子どもの助けになるのかという知見は、十分に蓄積されていない。髙橋氏は、アクセシビリティ機能を使う子どもがどれだけいるのかという基礎的なデータさえ現状、手元にないと話す。
(左から)編集第二本部デジタル開発部デジタル企画課の諸星奏希氏、髙橋圭祐課長、西村智子執行役員
実情をつかむ手がかりは教員の見立てだが、その幅は大きい。教員に尋ねると、困っている子どもは学級の3割ほどいるとみる人もいれば、5%や8%程度とみる人もいたという。実情がそもそも分からないため、まず調査で把握したいというのが同部の考えだ。デジタル教科書のアクセシビリティ機能に関する分野で、子どもの声を集める大規模な調査は、同社の知る限りこれまで行われていない。
子どもに直接聞き調査設計
調査の軸は、子どもへのアンケートである。デジタル教科書の機能を普段から使っているか、困ったときに使うと楽になるか。そうした子ども自身の受け止めを集め、担任教員への聞き取りと突き合わせる。読み書きの困難への理解は教員の間で広がりをみせつつあるものの、子どもの様子を見て取る難しさは残るためだ。デジタル教科書を使うと読みやすいと感じる子どもがいるのに、担任の教員はそれに気づいていないかもしれない。そうしたずれが見つかれば、本当に必要な子どもへデジタル教科書を届ける方法を考える基礎データになる。
対象は、通常の学級で授業を受け、デジタル教科書を使う小学3~6年生で、教科は国語だ。1、2年生はアンケート自体が難しいため外した。通常の学級に絞るのは、学術的に公表する際に、他の先行研究と比べられるようにするためである。まずは、通常の学級でのデジタル教科書利用の実態や、基礎的なデータを把握したうえで、学習上の困難さをもたらす要因がより複雑になりやすい特別支援学級の子どもたちに対して、得られた知見を生かしていきたいとの考えもある。
調査人数は設計中だが、統計上の信頼性が確保できる規模を目指す。協力は、デジタル教科書を使う自治体に一つずつ依頼する。東京に限らず、全国から集めたい考えだ。
アンケートの設問は、子どもが答えられる内容か、どう尋ねれば伝わるかの設計に時間をかけ、丹治准教授の知見を反映した。先行研究を調査し、それを土台に同准教授と議論を重ねて完成させた。
2005年から支援機能積み重ね
同社がデジタル教科書の支援機能を手がけるのは、新規事業としてではない。西村氏は、昔から積み重ねてきた取り組みの延長だと説明する。あらゆる子どもが学習にアクセスできる環境を用意することが教科書会社の使命であり、デジタル教科書もそうあるべきだという考え方だ。
同社が国語のデジタル教科書を発売したのは2005年で、すべての教科書会社に先駆けた商品化だった。当初は、教員が教室の大きな画面に教科書を映して使う指導者用で、端末が1人1台行き渡る時代は、まだ先の話だった。数年後に初の改訂期を迎えても、状況は変わらない。にもかかわらず、開発者の間では既に、画面に触れて操作することや背景色を変えることが議論され、機能として実装されていたという。子どもが自分の端末で使う学習者用の発売は2017年である。2005年から20年を経て、端末がようやく子どもの手に渡った今を、同社は新たなスタートラインと位置づける。
諸星氏は、一番の発明として「マイ黒板」を挙げる。教科書の文章や挿絵を抜き出してカードにし、自由に編集できる機能だ。書き写すのが苦手な子どもの負担を減らし、考えることに時間を使えるようにする。開発当時は、主に通常の学級の子どもたちが使用することを想定していた。学年が上がって長い文章を分析しながら読む場面では、離れたページの文章を見比べ、まとめ直す作業を助ける。子どもたちは最初こそ使いこなせないが、慣れるうちに自分の考えを整理する道具に変えていくという。
マイ黒板機能では、画面左側の教科書本文中の文章や語句をドラッグすると、右側の黒板画面へ短冊状に抜き出される。本文を引用しながら登場人物の行動や気持ちを整理することができる。(画像はクリックすると拡大します)
同社は、紙でもデジタルでも、現場の半歩先を示すよう心がけている。一方で、教員や子どもの使い方が、開発側の想像を超え、それが新たなイノベーションにつながることも多いという。
取材では、デジタル教科書の画面で主な機能が示された。本文の文字だけを書き出して並べ直す「リフロー」表示では、分かち書きにしたり、縦書きと横書きを切り替えたりできる。振り仮名の色も変えられ、漢字がどこまでか分かりにくい子どもが、色で区別する使い方もできる。文字や行の間隔も細かく設定できる。
また、一文ずつ強調表示しながら音声で読み上げる機能では、強調表示の位置を手で動かせる。読んでいる位置を見失わないための工夫だという。音声は、国語の本文は人の声を収録し、それ以外は機械音声を使用する。文字の色や大きさ、フォント、背景色を組み合わせて変えられるほか、すべての漢字に振り仮名を付ける「総ルビ」にも対応する。
機能の開発に当たっては、大学の研究者の監修を受け、学術的な知見に基づいて設計したという。分かち書きの機能は、当初、編集部が文節ごとにスラッシュを入れた原稿を制作会社に渡し、1か所ずつ手作業で反映した。
子どもに届くまでの壁
デジタル教科書をめぐる制度も変わりつつある。紙だけでなく、デジタルな形態を含むものも教科書に位置づける「学校教育法等の一部を改正する法律」が、2026年6月10日に成立した。同月17日に公布され、主な規定は2027年4月1日に施行される。新たな教科書の使用は、次期学習指導要領の実施に合わせて始まる。学習指導要領は、2026年度中の改訂が予定されており、小学校では2030年度、中学校では2031年度から全面実施される見込みだ。
ただ、子どもが自分の端末で使う学習者用デジタル教科書の普及は「まだ、これから」というのが、同部の認識だ。教員が授業で使う指導者用は広がっている一方、学習者用は導入が進んでいない。学習者用を使うかどうかを決めるのは、子ども本人ではなく、教員や自治体であることが多い。「うちのクラスに必要ない」と判断されれば、必要とする子どもには届かない。そうした状態が長く続いてきた。
髙橋氏は、教員が熱心でないわけではないと強調する。熱心で優れた教員は多いが、自分が育った環境になかった選択肢は、視野に入りにくい。目の前の子どもを何とかしたいという気持ちと、デジタル教科書の効果が結びついていないと、髙橋氏はみる。そのため、効果を学術的に示して発信したいという。
研究の成果を社会に届ける
デジタル教科書は、意外な子どもの読みにくさに気づく機会にもなる。デジタル教科書を渡された子どもが音声を使い始め、そこで初めて、文字を読むのが大変だったと周囲が気づく。そうした話を聞くことがある。
西村氏は、読むという行為の難しさを改めて感じているという。文字を認識し、まとまりに分け、意味を把握し、それらをつないで、文章全体の趣旨を理解する。かなり複雑で、多層的な行為だ。書くことのように過程や結果を観察できる学習と比べて、教員にとっても、子どもたち自身にとっても、どこでつまずいているのかが見えにくい。原因がわからなければ、解決は難しい。デジタル教科書の機能は、子どもたちが抱える課題の切り分けにも寄与できる可能性がある。
研究の成果は、報告書や学会発表、論文として公表する。同社は、ニーズの高い機能を強化し、使いやすくする考えだ。あわせて、学校が導入を検討する際の参考になるよう整理し、教員や保護者、教育委員会に向けて発信する。
今回の対象は小学3~6年の国語だが、将来は中学校や英語にも広げたい考えだ。中学校では、音声教材などの普及率が下がるとされるが、そういった実態も広く把握したいという。