カインズCHROが語る、「人的資本経営」の時代に求められる経営人材の資質

「人への投資」や「人的資本経営」が注目され、“CHROの時代”ともいわれる現在。最高人事責任者(CHRO)としてカインズに参画した西田政之氏は多様な業界を横断しキャリアを構築してきた。これまでの“恩送り”として人材育成に取り組む思いを聞いた。

「経営と人」の課題に惹かれ
金融から180度の転身

西田 政之

西田 政之

株式会社カインズ 執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 人事戦略本部長 兼 CAINZアカデミア学長
1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクター等を経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

西田氏のキャリアは、日系証券会社の“ドブ板営業”に始まる。毎日100件の飛び込み営業をする日々を送るなかで優秀な成績が評価されて社内でMBA留学の対象に選抜され、米国でMBAを取得。帰国後、系列の運用会社でファンドマネージャーを経験したのが転機となり、外資系の年金資産運用コンサルティング会社へ転職した。

その後、金融から180度キャリアチェンジし人事コンサルティング会社のマーサーへ入ったのは2004年のこと。当時、マネーゲーム状態にあった金融分野に身を投じ続けることに違和感があったという西田氏。次のキャリアを視野に、次世代リーダー養成機関である山城経営研究所のプログラムに参加していた。

「マネジメントについて学び、仲間とグループワークに取り組むなかで、永遠になくならない“人”の課題に惹かれるようになりました。それで、人事コンサルティング会社へ飛び込んだのです」

マーサーに勤める傍ら、社外活動として10人の業界オピニオンリーダーを塾長とする次世代リーダー育成塾を事務局長として運営。その塾長の1人で、当時ライフネット生命会長だった出口治明氏(現 立命館アジア太平洋大学学長)に請われ、ライフネット生命へ。副社長として、上場を経て変革が必要となっていた同社の組織改革・人事制度改革に取り組んだ。そして2021年6月、ホームセンター大手・カインズの最高人事責任者(CHRO)に就任。『DIY HR』をコンセプトとした人事戦略を打ち出し、その実行に着手している。

日系と外資系、双方の企業での経験をもち、証券アナリスト資格をもつ金融出身でありながら、経営、人事領域でも経験を積み幅広い知見を得てきた西田氏は自身をこう分析する。

「人事領域に閉じない学びや経験を積んできたことが、今のCHROとしての自分につながっていると感じます。山城経営研究所では、経営を学ぶ以外に禅の思想にも出会い、そこでの仲間を通じ脳科学から心理学、伝統芸能に至るまで、直接話を聞き、体験する機会に恵まれました。自分なりに強い分野をもつことに加え、総合的な知、いわゆるリベラルアーツ的な学びもCHROに不可欠だと感じます」

CHROとしての土台を築いた
5つの学びと経験

西田氏は、自身のキャリアを振り返り「大きく5つの学びや経験が、CHROとしての土台となっている」と話す。

1つは、キャリア前半の証券会社でのドブ板営業や年金コンサルティング会社での事業開発で鍛えたコミュニケーション力・交渉力。次に、人事コンサルティング会社であるマーサーで学んだ人事の基礎知識。3つ目は社外活動である10人の塾長との次世代リーダー育成塾の運営で培ったマネジメント力にも通じる幹事力と社外ネットワーク・人脈。4つ目に山城経営研究所での多彩な経営者からの学び。そして5つ目がライフネット生命時代の組織変革・人事制度改革の実践経験だ。

企業や分野を越境し、さらに、社外の個人的な活動や学びの場も活用して数多くの経験を積み、多様な人と交流を育んだことが、VUCAの時代に人事の観点から経営を考える西田氏の基盤となっている。

また、やや意外に思えるがライフネット生命に移る前には、クリエイティブディレクターの養成講座にも通ったという。

「ライフネット生命は保険会社ではありますが、その本質はマーケティング会社であると考えていました。だとしたらクリエイティブディレクションを勉強しなければと閃いて、転職前に通ったのです。そのときに感じたのが、クリエイティブディレクターは経営者そのものだということです」

いち早く時代の方向性を見出し、それをストーリー化する。そこにオリジナルの言葉、または言い古された言葉に新たな意味を加えて、人々の感情を揺さぶる。クリエイティブディレクターには、物事を俯瞰する視点と緻密に分析する視点の双方が必要で、それはそのまま経営者に必要な素養といえる。

『DIY HR』の本質は自律
人材育成は“恩送り”

昨年6月にCHROとして着任したカインズでは、新たな人事戦略である『DIY HR』を発案して推進。併せて社内大学『CAINZアカデミア』を立ち上げ、学長も務める。

「『DIY HR』の本質は自律です。自律とは自力と他力の美的均衡点を見出すこと。VUCAの時代、先行きがどうなるかわからない環境では、社員1人ひとりが自律し、自分がどうするべきかを考え、対応していくことが求められます」

『DIY HR』は5つの柱に分かれるが、その中の〈DIY Career Path〉は、会社都合の異動だけではなく、自分でキャリアを選べる仕組み。自分で選ぶからには、それに必要な知識は自ら学ぶことが基本と なる。

こうしたことから、『CAINZアカデミア』で提供するプログラムは基本的には手上げ制だ。各界から一流の専門家8名を招いて講義を行う『カインズ白熱教室』や、30年後のSF小説を作り上げるプロセスを通じて枠を超える体験をする『SFプロトタイピング研修』、アクセンチュアの現役コンサルタントを講師としてビジネスの基礎を学ぶ『実践ビジネス研修』など、学びへの意欲が刺激されるプログラムを提供する。

さらに、社外での個人的な取り組みとして『次世代リーダー育成塾(西田塾)』を非営利で運営。経営者から能楽師まで、幅広い領域の第一人者を講師に迎えた人材育成にも取り組んでいる。

「この塾の目的は“恩送り”です。私はこれまで本当にさまざまな方からいろいろな教えを受けてきました。その恩を、後進の皆さんに返していく。そんな想いで運営しています。浜松町近くのお寺に隔月で集まり、寺子屋的な学びの場としています」

組織は、個々にステージも違えば働く仲間もカルチャーも違う。経営人材にまず必要なのは、自分の会社を知ることだ。そのうえで、自社に必要な戦略を見出し、構想し、組み立てていくことが求められる。

「そのためには、CHROや経営者が幅広い視野をもち多様な経験を積んでいることが重要です。モノカルチャー(単一文化)ではなく、多様な文化を経験した人に率いられる組織の方が、これからの時代に新たな価値を生み出すことがよりできるのではないかと考えています」