最新技術で建築DXの最先端を学ぶ 九州大学が新たなプログラムを開講
九州大学大学院が2024年に創設した「D-Be部門」では、2025年度から建築分野でのリカレント教育の一環として「建築デジタル人材育成プログラム」を新たに開講。同大学が誇る最先端技術をフル活用し、建築DXをアップデートしていく。その理念や講義内容などについて話を聞いた。
九州大学の強みを活かし
DXで社会課題解決へ

中池 和輝
九州大学大学院人間環境学研究院
D-Be部門 特任助教
九州大学工学部建築学科卒、同大学院人間環境学研究院修士課程修了。修士(工学)。2018年~2022年 防衛省総合職技術系。2022年~2024年 日本環境技研株式会社で都市・建築を中心とした環境エネルギー分野の企画・計画業務を担当。2024年 国士舘大学非常勤講師。2024年10月より現職。専門は建築環境工学。
2024年4月、九州大学大学院人間環境学研究院は「D-Be(Digital Built Environment)部門」を創設した。3DモデリングやVR、AIなどのデジタル技術を共通基盤とする研究・教育を通じてデジタル人材を育成し、最先端技術の社会実装や、それによるウェルビーイングの実現、インクルーシブな社会の実現を目指すことが、創設の理念だ。
そのD-Be部門では2025年4月、1年の準備期間を経て「建築デジタル人材育成プログラム」を開講した。建築分野のものづくりデジタル化が進む中、建設ICTの基盤となるデジタル技術の習得、大学院レベルのリカレント教育によって、特に中小企業人材の技術力を強化することが、その狙いである。
D-Be部門特任助教の中池和輝氏は、開講の背景についてこう話す。
「今、建築・建設業界では、時間外労働の上限規制※1などに伴う人材不足はもちろん、2050年のカーボンニュートラル化を目指す動きや、その一環としての建築物の省エネ基準適合義務化※2など、事業環境の急速な変化が起こっており、デジタル技術の活用による生産性の向上や建築物の環境配慮設計は急務になっています。また、九州大学は『VISION 2030』を掲げ、『総合知で社会変革を牽引する大学』を目指し、積み重ねてきた知見や、大学の特色をふまえて積極的に社会課題解決に貢献しようとしています。こうした中、私たちが特に強みとするカーボンニュートラルやDXに関連する技術を活かして社会変革を推進するための新しい取り組みが今回のプログラムであり、最先端デジタル技術を活用して建築デジタル人材を育成することがその眼目となります」
プログラムに合わせて
採用された充実の講師陣
同プログラムは、文科省「職業実践力育成プログラム」の認定を受けた1年間の履修証明プログラムだ(選択必修科目から合計12単位以上の取得で履修証明書を交付する)。
受講対象は建築・建設の職業経験がある人や、建築に携わる人、建築を志す人、建築系の学部卒業者などで、初年度は女性数名を含む9名が選定された。受講生の多くは30代から40代で、現場のDX推進を担う年代層である。また、福岡市近辺の地元の設計事務所や建設会社に所属する受講者が多く、他業種から建設・建築分野にキャリアチェンジした受講者もいる。
基本的なプログラム構成としては、「建築環境エネルギー系」「AI・ロボティクス系」「デジタル測量系」「3Dモデリング系」に加えて「研究系」という5つの専門系統から選択して学べる仕組みだ。なお、受講期間中は通称QREC(九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター)が提供する「アントレプレナーシップ系」の一部講座の受講も可能だ(なお、QRECの受講は、プログラムの修了要件には含まれない)。
そして5つの系統を担当するほとんどの教員が本プログラムのために新たに採用された教員だという。
「建築環境エネルギー系は、私ともう1名が担当する講義で、この分野における担当教員の研究・実務経験もふまえながら、九州大学で開発した建築環境シミュレーションソフト『THERB』(サーブ)などを用いて建築環境シミュレーションを学びます」
AI・ロボティクス系は、AIを組み込んだモデリングやロボットアームによるデジタルアプリケーションを学ぶ授業だ。講師として、ベネチア・ビエンナーレの展示チームやパリ・ポンピドゥーセンターの常設展示チームなどで重要な役割を果たしているコルビニアン・エンツィンガー氏を招聘し、D-Be部門准教授として着任する予定だ。
「世界トップクラスの知見やノウハウを学ぶ貴重な機会となるはずです」(中池氏)
デジタル測量系を担当するD-Be部門准教授の小川拓郎氏はこう話す。
「古代ローマ建造物や都市遺跡などの三次元測量や、九州大学の旧箱崎キャンパスや周辺の歴史的建造物のデジタルツイン構築、3Dデジタル保存などの研究をしてきました。これらの知見や技術、ノウハウを生かした講義・実習にしていきます」
3Dモデリング系は、アメリカの設計事務所勤務の他、テキサスA&M大学の建築学科で教鞭も取ったD-Be部門教授の藍谷鋼一郎氏が担当。日本が立ち後れている観のある3Dモデリングの最新技術をプラットフォームに建築における測量・設計(意匠、環境)・施工のDX化を広く学ぶ。
プログラムは主に社会人を対象としているため、開講場所としては、中心市街地から遠い現在の伊都キャンパスではなく、博多駅周辺の会議室を借りて受講者の利便性を考慮した。最新設備を使う演習等は、土日などに期日を設定して、伊都キャンパスで行うなど、受講者の負担軽減に努めている。
また、受講者にはモバイルパソコンが1台貸与される。最先端ソフトを使うため、最新GPUをそなえた高速・高性能な仕様が不可欠になるからだ。このパソコンには、3Dモデリングソフト「Rhinoceros」(ライノセラス)や建築環境シミュレーションソフト「THERB」等がインストールされているという。その他、九州大学内にある測量機器、VR機器、工房の使用も可能と、最先端の学習環境を整えている。
なお、プログラム費用は入学料28,200円、受講料177,600円だ(12単位を超える科目を受講する場合、受講単位数に応じて1単位につき14,800円を追加納付する)。
最新技術をフル活用した
刺激的な講義・演習

小川 拓郎
九州大学大学院人間環境学研究院
D-Be部門 准教授
九州大学工学部建築学科卒、同大学院人間環境学研究院修士課程修了、博士後期課程単位取得退学。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)。第12回(令和3(2021)年度)日本学術振興会 育志賞 面接選考対象者。同研究院教育学部門助教(特定プロジェクト教員)を経て、2024年7月より現職。専門は西洋建築史(古代ローマ)。
こうした最先端のデジタル機器・環境のもと、第一線の講師陣による講義や演習は、どのような内容になるのか。小川氏はこう話す。
「私が担当するデジタル測量系の『デジタル測量学実習』で言えば、まずはフィールドワークによる実測が主なデータ収集先になります。九州大学は、スキャナーだけでも、ドローン型を含めて多様な種類を揃えています。そして、その実測データを取り込むソフトも充実しています。実測のあと、その実測データをどう見せていくかというビジュアライゼーションや、場合によっては3Dプリンターで出力する段階に進むわけですが、データ取得からアウトプットまで、手も体も動かしながらの演習を、土日で集中講義的に行うといった形になると思います。いずれにしても、受講者個々のデジタル化のニーズ・目的を吸い上げながら、カスタマイズされた形の実習につなげたいと考えています」
また、デジタル測量系の「デジタル測量学特論」では、大手ゼネコンや計測会社などの第一線でデジタル測量を手がける技術者を招聘して講義を行う予定だという。
「今回のプログラムとは直接関係のない分野でも、外国から講師を招聘して数日間講義していただくなど、外部との連携も充実させていくつもりです」(小川氏)
一方で、准教授のエンツィンガー氏が担当するAI・ロボティクス系に関して、小川氏はこう話す。
「本人が今、日本特有の素材に関心を持っていることもあり、大学周囲の放置竹林問題解決という視点もふまえて、竹素材を使った伝統工芸のようなテーマも考えています。手を動かす技を読み取ってデジタルにどう応用するかといった講義ができればと思います。エンツィンガー先生の場合、たとえば3Dプリンターで出力したものをさらに加工することも得意なので、ロボットアーム技術も含めて最先端の知見を活かす実習にできれば良いですね」
中池氏が担当する建築環境エネルギー系では、「Rhinoceros」と「THERB」などを使って、建築モデルを作って室内温湿度や気流などをシミュレーションするような演習が予定されている。また、これまで主に研究分野で用いられていた「THERB」は数年前からユーザーインターフェースの開発を行い、受講生が簡単に扱えるようになっているという。
藍谷氏が担当する3Dモデリング系は、建築環境エネルギー系、AI・ロボティクス系、デジタル測量系の基礎的な部分を学ぶ演習が中心となる予定だ。
最後の研究系に関して、中池氏は「研究系は一種の自由研究で、本プログラムで整備された学習環境下において、受講生個々が主体となって研究テーマを決め、各教員によるコーチングやアドバイスを受けたり意見交換を行いながら、建築・ものづくりを深めていく授業になります。最後に成果物の提出や教員の前での発表がありますが、その形式は特に論文にこだわるものではなく、たとえば仮想空間での展示など、個々の研究テーマに合わせて柔軟に決めてもらう予定です」と話す。

デジタル測量技術の発展により、3Dモデリングや3Dプリンターへの応用などが可能となった。画像は、実際の建築物のデジタル測量による3Dモデリング。
受講のハードルを下げて
いっそうの規模拡大へ
社会が複雑多様化し、社会人のリカレント教育の重要性が一層高まっている中、講師陣はどのような将来像を思い描くのか。中池氏は、今後の展望について、こう話す。
「初年度は受講者数を最大10名程度に設定していますが、これは、ほぼマンツーマンの形で受講生と向き合っていきたいという想いからです。まだ始まったばかりですので、これから受講生の声に耳を傾けながら、個々のニーズに即した内容になるよう、一つひとつ修正を加え、プログラムの精度を高め、充実化を図っていきたいと思っています」
また、今後はオンライン形式なども視野に入れるなど、時間や場所、受講形式を1年かけて精査しながら、より受講しやすいプログラムの在り方を追求し、政府の助成金の活用も視野にいれながら人数の拡充、規模の拡大も考えていく予定だという。
中池氏は「最終目標地点は、もちろん社会貢献にありますので、このプログラムを通じて、さまざまな技術を持つ優れた建築デジタル人材をどんどん送り出していくことで、建築業界のDX、そしてそれによる社会課題の解決、社会変革につなげていきたいと考えています」と締めくくった。
※1 建設業は、2024年4月1日から年720時間の時間外労働の上限規制が適用されている。
※2 建築物省エネ法(建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律)の改正により、2025年4月から、すべての新築住宅・新築非住宅に省エネ適合義務が課せられる。