2023年のキーワード 人的資本 個の能力を生かし働きがいを感じる経営を

この1年で一躍社会の認知を得た言葉とも言える「人的資本」。人材を、価値を生み出す資本と捉えてマネジメントする、という点は理解できてもそれを実際に経営や人材育成に反映させることは難しい。人材コンサルタントの上林周平氏にその本質を聞いた。

「人的資本経営」の背景にある
個人と組織の関係性の変化

上林 周平

上林 周平

株式会社NEWONE 代表取締役社長
大阪大学人間科学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現 アクセンチュア)に入社。2002年、株式会社シェイク入社。企業研修事業の立ち上げ、商品開発責任者としてプログラム開発に従事。新人~経営層までファシリテーターを実施。2015年、代表取締役に就任。2017年9月、これからの働き方をリードすることを目的に、エンゲージメント向上を支援する株式会社NEWONEを設立。米国CCE.Inc.認定 キャリアカウンセラー。著書に『人的資本の活かしかた 組織を変えるリーダーの教科書』(アスコム)がある。

上林氏は起業前、コンサルティング企業で企業研修等に携わっていた。当時は終身雇用制が徐々に薄れ、人材が流動化していくことが目に見えるようになってきた頃。その変化の中で「個人と組織が従属する関係から、より対等な関係へと移っていく流れを感じとっていました」と振り返る。また、支援していたさまざまな企業は課題として人材難を挙げるようになり、年々訴えは深刻化していった。そこで2017年、『エンゲージメント』に着目して企業を支援することを目指し、NEWONEを創業した。

「従業員のエンゲージメントは、苦手なことを強制的にやらされれば下がり、反対に自分の強みを活かし、貢献できていると感じられるときには高まるとされています。個人と組織の関係がますます対等になる中、働きがいともいえるエンゲージメントを生み出すことに着目していくと、企業は従業員とよりよい関係性を築いていけるはずです」

人的資本の活かしかた
組織を変えるリーダーの教科書

人的資本の活かしかた

上林 周平 著、
田中 研之輔 監修
発行:アスコム
四六判 272ページ
定価 1,600円+税
ISBN978-4-7762-1217-1

2022年7月には、人的資本とリーダーシップをテーマにした著書『人的資本の活かしかた』を出版した。背景には働き方改革や人的資本経営が注目されているものの、本質的な点が見落とされているのではないかという思いがあると話す。

「働き方改革の本来の目的は、多様で柔軟な働き方をできるようになることや、皆が働きがいを感じながら働き、ポジティブに生きることです。ですが最初に残業時間削減がトピックとなってしまったために、画一的な残業時間削減が進められました。結果、柔軟な働き方ができなくなったり、働きがいが失われたりするケースが出てきてしまっています。また、人的資本経営においては、大企業の人的資本に関する情報開示が求められていることに大きな注目が集まっており、開示が目標になって、本来の目的とはかけ離れてしまうことも危惧されます。著書を通じて本質をわかりやすく伝えるとともに、問題提起をしたいと考えました」

「社員にやさしく」だけでなく
「働きがい」の重視を

個人の能力・資質の発揮、働きがいとパフォーマンスという観点が人的資本の時代には重要となる(イメージ画像)

Photo by Studio Romantic / Adobe Stock

人的資本経営という言葉を目にする機会が増えてきたが、言葉だけが先行し、その意味は十分理解されていないケースが多いのが現状だ。「人が資本」であるということから、従来の人を大切にする経営、従業員にとって居心地のよい会社づくりといったイメージのみを抱いている人も少なくない。

上林氏は「まずは『人が資本』ではなく、その人の中にある能力や資質、つまり『人の資本』と捉える感覚が第一歩です」と強調する。

人的資本経営においては、メンバー一人ひとりをブレイクダウンして見る、つまり、個がもっている能力や強み、経験を活かすという発想に立つことが非常に重要。また同時に、従業員側が自分の能力を活用できている感覚をもてているかも欠かせない。 こうした状況をつくり出すのに重要となるリーダーシップは、メンバーに業務を割り当ててやらせる『やりくり型』よりも、社員の強みを活かして最大の成果を挙げられるようにする『レバレッジ型』だ。

「社内のピラミッドを前提とした上司・部下の関係であったり、上司が部下の弱みを指摘したりする組織はまだまだ多くあるでしょう。こうした対等でない状況では、社員の自発性も出てきません。例えばジョブ型の雇用形態はレバレッジ型のマネジメントが適しています」

人的資本経営の先進企業では、次の3つの要素を切り口にレバレッジ型のリーダーシップ・組織運営を実践しているケースが目立つと上林氏は言う。

1つは事業や経営に関する情報をオープンにすることだ。あらゆる情報にアクセスしやすい世の中になっているにもかかわらず、会社や部署の方針、数字の状況が上層部で止まり、社員に落ちてこないことがある。「現場で見えない部分があると、その時点で自発性は薄れます。社内での情報格差を減らすと、情報が自分ごととなり自発性につながります」。

2つめは参画機会の創出・自己決定感の醸成。例えば、方針をオープンにする以外に、一部でもよいので皆で一緒に考え、決定する機会を作るのもよい方法だ。ただ方針に従うのと、策定にかかわり方針を自分ごと化できるのとでは、働きがいは大きく異なる。

3つめは異動・ローテーションなどで本人の自主性を重視すること。例えば2年に一回ローテーションして適性を見るということは以前からされてきたが、こうした強制的な異動・ローテーションではなく、挙手制がカギだと上林氏は話す。

「自分は何がしたいのか、自分の強みは何だろうと個々が突き詰めていくと、『この部署もいいけれど、あの部署に異動したい』と考えることが増えていきます。そうなったときに自主的に異動を希望でき、それが実現できる環境はメンバーの働きがいを高め、パフォーマンスにつながります」

一方で、人的資本を活かせていない企業の共通点は、「与えすぎ」てしまうこと。メンバーを受け身型人材にしてしまうためだ。

マネジャーにも必要な
「チームを経営する」視点

レバレッジ型のリーダーシップを発揮するには、社員一人ひとりの強みを『資本』と捉えて活かすマインドが重要だが、人は自分が教えられたように人に教えてしまう傾向がある。「昇進していくのは嬉しいだろう」と、自分の価値観を前提にコミュニケーションをとってしまうといったことはその典型だ。

「個々の弱みに着目し、平均的な能力に引き上げるサポートをするというマネジメントもありますが、人材が流動化し社会の変化も早い今、組織にこうした時間の余裕はあまりありません。レバレッジ型リーダーシップは新しいあり方だと意識し、マネジャーも挑戦・試行錯誤していくことが必要です」と上林氏。

現在ではHR techというかたちでさまざまな人事データが可視化されるようになっている。マネジャー自身がデータを見てアジャイルな人材育成施策を打つことも重要な時代となっている。