同じ人事施策でも、なぜ効果が違うのか
評価制度や1on1、リスキリングなど、同じ人事施策でも効果に差が出るのはなぜか。社員が会社の意図をどう受け止めるかという「意味づけ」の視点から、その理由と実務上の要点を考える。
制度を導入しても
人が動くとは限らない
竹内 規彦
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
名古屋大学大学院国際開発研究科博士後期課程修了 博士(学術)。2017年より現職。欧州Evidence-based HRM誌編集顧問、Asia Pacific Journal of Management副編集長、経営行動科学学会会長等を歴任。組織行動論・組織心理学を専門とし、エンゲージメント、人的資本経営、リーダーシップ、働く人の心理と行動をテーマに、研究・教育・企業支援を行う。学術研究の知見を、経営・人事の現場で「実際に使える形」に翻訳することを大切にし、組織と人の行動変容と改善に繋がる示唆を提供している。
企業では、評価制度の見直し、1on1の導入、リスキリング、配置転換など、さまざまな人事施策が行われている。いずれも社員の力を引き出し、組織の成果につなげることを目指した取り組みである。ところが現実には、同じような施策でも前向きな行動を生む会社もあれば、形だけで終わる会社もある。この差は、制度の良し悪しだけでは説明できない。重要なのは、社員がその施策を「何のためのもの」と受け止めるかである。
人事制度は単なる仕組みではない。会社が何を大切にし、社員に何を期待しているのかを伝えるメッセージでもある。社員は制度の説明文だけでなく、上司の語り方や日々の運用を通じて、会社の本音を読み取っている。すなわち、制度の効果は、現場でどう伝わり、どう経験されるかによって左右される部分が極めて大きい。
研究では、「何をするか」から
「なぜそうするか」へ転換している
人事施策の効果が、制度の中身から制度の受け手である社員の認知枠組みに依存するという見方は、近年の人事管理研究の潮流と重なる。従来の研究では、企業がどのような人事施策を導入しているか、またそれがどのような仕組みを通じて成果につながるかが主な関心だった。しかし近年では、それだけでは同じ施策でも効果に違いが生まれる理由を十分に説明できないことが認識され、施策の背後にある「意図」を社員がどう受け止めているのかへと関心が広がっている。
この背景にあるのは、心理学における「帰属」(attribution)という考え方である。人は出来事をそのまま受け取るのではなく、その背後にある原因や意図を解釈し、その理解にもとづいて感情や行動を形成する。職場でも同様に、社員は評価や育成の施策を前にして、会社の意図を推し量っている。
社員は制度の背後にある
「会社の意図」を見ている
つまり、社員は人事施策(評価、育成、配置、報酬、働き方など)を通じて、「会社の意図」を読み取っている。自分たちの成長や働きやすさのためなのか。会社の戦略を実現するためなのか。それとも、コスト削減のためなのか、流行を取り入れるためなのか。制度に対する社員の受け止め方の違いが、その後の動機づけを左右すると考えられる。
筆者の研究(図参照)でも、人事施策を「成長や充実のため」「会社の戦略実現のため」と受け止めている場合には、学習や工夫、達成に向かう前向きで自発的な動機づけが高まりやすいことが示されている。一方で、「コスト削減のため」「流行や他社への追随のため」と受け止められる場合には、不安や義務感、外からの圧力に押されて動く傾向が強まりやすい。大切なのは制度の有無ではなく、それがどのようなメッセージとして伝わっているかである。
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ここで重要なのは、「社員のため」と「会社のため」を対立させないことである。会社の戦略に沿っていること自体が問題なのではない。なぜその方向を目指すのか、その中で社員にどのような成長機会や役割があるのかが見えていれば、戦略は前向きな動機づけの源泉になりうる。
実務で見落とされがちな
3つの落とし穴
実務では、3つの落とし穴がある。第一に、流行先行である。人的資本経営やジョブ型、リスキリングなどの言葉が先に立ち、「他社もやっているから」と導入すると、自社固有の課題に根ざした施策として伝わりにくい。第二に、説明と運用の不一致である。挑戦を促すと言いながら短期成果だけを厳しく求めれば、社員は建前ではなく実態から意味を判断する。第三に、管理職に意味が共有されていないことである。直属上司は制度の運用者であるだけでなく、その意味を現場で翻訳する存在である。さらにいうならば、耳あたりのよい言葉だけで「意味づけ」を済ませるのも危うい。中身の乏しい制度を立派に語っても、社員はすぐに見抜く。本質的な「意味」の共有は、施策の実質、公正な運用、上司の一貫した関わりによって支えられる。
これからの人事は「意味の設計」を
これから企業に求められるのは、制度を作る力だけではなく、その制度の意味を一貫して伝える力である。まず必要なのは、「何をするか」だけでなく、「なぜそれをするのか」を自社の戦略や課題と結びつけて説明することである。
次に、人事のメッセージと現場の運用をそろえる。さらに、導入率や面談実施率といった数字だけで満足せず、社員が施策を実際にどう受け止めているかを確かめることも欠かせない。
制度が定着したかどうかは、使われているかだけでなく、望ましい意味が共有されているかで判断する必要がある。ここを測らない限り、本当の意味での定着は見えてこない。
人を動かすのは、制度そのものではない。むしろ、制度に込められた「意味」である。同じ人事施策でも効果が違うのは、制度の中身だけでなく、その背後にある意図の受け止め方が違いにある。だからこそ、これからの人材マネジメントでは、良い制度を導入するだけでなく、制度が社員にどのような会社像を伝えているのかまで含めて設計することが鍵となる。
