仕事に「手触り感」を持たせる 個人のノイズを活かす組織へ
ほんの小さな工夫やこだわりが、仕事との距離感を変え、働きがいを生む。これを「ジョブ・クラフティング」と呼ぶ。組織の「ノイズ」とも取れる個人の想いが、成果や変革の種となる。経営組織論の第一人者である京都産業大学の高尾義明教授に、その意義と組織への示唆を聞いた。
同じ仕事でも、経験は異なる
高尾 義明
京都産業大学 経営学部 マネジメント学科 教授
東京都立大学名誉教授。1967年大阪市生まれ。京都大学教育学部卒業後、神戸製鋼所勤務を経て研究者に転身。専門は経営組織論・組織行動論。組織学会理事、経営行動科学学会理事。著書に『50代からの幸せな働き方』(ダイヤモンド社)など。
京都産業大学経営学部教授の高尾義明氏は、かつて神戸製鋼所で4年間の会社員経験を持つ。「同じ仕事をしていても、そこに自分なりの想いや意味づけをうまく乗せていける人もいれば、そうでない人もいます」。その違いは性格だけでは説明できない。置かれた状況や職場環境にも左右される。この疑問が、研究の出発点となった。
高尾教授が研究の軸に据えるのが、ジョブ・クラフティング(Job Crafting)という概念だ。2001年にWrzesniewskiとDuttonが提唱したもので、「働く人たち一人ひとりが主体的に仕事や仕事上の人間関係に変化を加えることで、与えられた職務から自らの仕事の経験を創り上げていくこと」を指す。従来の職務設計(ジョブデザイン)が組織起点であったのに対し、個人の側から仕事を変えていく発想の転換が特徴である。現場で行われていた営みに、手を動かしてつくるという意味を持つ『クラフト』の語を冠して概念化したものである。
高尾教授はこれを「自分なりに手触り感のある仕事に変えていくこと」と表現する。自分が関わってつくっている仕事なのか、ただ与えられたものを受け取っているだけの仕事なのか。クラフトビールのような手作り感──それが「手触り感」という言葉に込められたニュアンスである。業務にはMust(変えられない職務)がある。その中に本人のWill(想い)やCan(できること)を織り込んでいく。「ほんの少しでも自分の考えや工夫、こだわりを加えることで、仕事と自分との距離感が変わってきます」。高尾教授はこれを「仕事にひと匙を入れる」と表現する。
仕事を変える3つの手がかり
ジョブ・クラフティングは3つの類型に分かれる。それぞれに、組織が打てる手がある。
第一は「業務クラフティング」。業務の方法や手順に自分なりの工夫を加えることだ。仕事の進め方を少し変える、順番を入れ替える、自分なりにやりやすい方法を試す。そうした小さな変更も立派なクラフティングだと高尾教授は説明する。大改革ではなく、小さな工夫を許容する風土が組織には求められる。
第二は「関係性クラフティング」。仕事上の人間関係を増やしたり、関わり方を変えることを指す。「仕事の意味は、実は他者との関係の中で形づくられる部分が大きい」と高尾教授は語る。他の人が自分の仕事をどう見ているのか、誰の役に立っているのかが実感できることで、仕事の手触り感は大きく変わる。
第三は「認知クラフティング」。仕事の意味や目的の捉え方を変えることだ。原点的研究では、病院の清掃スタッフが同じ業務を「マニュアル通りの掃除」と捉えるか「患者の治癒に関わる仕事」と捉えるかで経験の質が異なることが示された。ここで鍵になるのが、経営理念の在り方だ。高尾教授は理念の「浸透」ではなく「共有」が重要だと説く。「経営者の考えを同じように持て、ではなく、一緒にビジョンを実現していきましょうというスタンス」が理想だという。パーパスや理念が共有されていれば、それが認知クラフティングの源泉となる。
3つは独立ではなく相互に作用する。「関係性が変わるから認知も変わるとか、実際に何か仕事を変えてみることでその手応えがあって、それで認知が変わっていく」。つまり組織が関係性や業務の仕組みを変えれば、認知の変化を誘発できるということでもある。
信じて、任せる
一方、経営や人事の視点から考えると、クラフティングが発動する条件とは何か。高尾教授はまず「ジョブ・クラフティングがエンゲージメントや成果に長期的にはつながるのだと、信じないとスタートラインに立てない」と語る。上意下達は楽だ。しかしボトムアップから何かが生まれるということを、組織として信じる必要がある。
同時に、クラフティングの最大の阻害要因にも触れた。「余計なことをやったら怒られると思うと、それは絶対にやらない」。心理的安全性が保たれない状態では、クラフティングは起きない。権限委譲や自由裁量をいかに広げていくかも重要だと高尾教授は指摘する。CHROや人事が、こうした考え方を経営層やマネージャー層に発信していく必要がある。
ジョブ・クラフティングの実践がワークエンゲージメント──仕事に対する活力・熱意・没頭──の向上につながることは、研究で実証されている。「ワークエンゲージメントが高まることで、結果として従業員エンゲージメントも高まる」。信じて、任せる。その先に、意欲と成果の好循環がある。
クラフティングが拓く可能性
ジョブ・クラフティングの射程は、仕事の中だけにとどまらない。高尾教授が「キーワードに必ずなる」と語るのが、AIとの関係だ。生成AIは業務の進め方そのものを変えつつあり、業務クラフティングの定義に直接入り込んでいる。一方、生成AIでクラフティングしている人は、他者との関係性が薄くなる傾向も見え始めているという。可能性を広げる一方で、関係性クラフティングを損なうリスクもある。現在、高尾教授自身がデータ収集と分析を進めている。
研究の視野は時間軸でも広がっている。一時点のスナップショットではなく、エンゲージメントが高まった人がその後どうなるか、次にどうクラフティングするかという長期サイクルでの研究が始まっている。また「スキルクラフティング」という概念も登場している。主体的にスキルを学ぶこと自体がクラフティングであり、そのスキルを仕事で活かせる経験が更なる学びへの動機づけとなる。リスキリングとの接続は自然だ。
さらに領域軸でも広がりが見られる。レジャー・クラフティング、ライフ・クラフティングといった概念が登場し、仕事でのクラフティングが仕事以外の活動に波及し、それがまた仕事に戻ってくるという循環が注目されている。意欲と成果の好循環は、仕事の中だけではなく、学びや生活を含めた循環として捉え直す必要がある。クラフティングという発想は、社会全体の活力を引き出す可能性を秘めている。