専門基礎科目「教育社会学」教育事象から社会における様々な課題を考察する

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成すべく、2021年4月、社会構想大学院大学でスタートした実務教育研究科。今回は「教育社会学」を紹介する。

教育社会学とは

吉岡 三重子

吉岡 三重子

お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
小学校から専門学校、大学での教育および学修支援の経験を活かし、さまざまな分野で活躍される方々への教育支援に力を入れている。

教育社会学とは、その名の通り「教育学」と「社会学」の要素を併せ持つ学問分野である。「教育学」はどうすればより良い教育ができるかという視点から課題解決をはかる学問、一方「社会学」は人々の間で「当たり前」のように考えられている常識を疑う学問である。教育の現場に限らず、「当たり前」のものの見方は社会全体で広く通用している。そうでなければ社会の秩序は保てないし、存続できないだろう。しかし、こうした「当たり前」にあえて疑問を向け、教育という営みが社会現象としてどのような特徴を持つのか、それを明らかにするのが教育社会学の役割である。

「教育」は、誰もが自らの経験に基づき語ることのできるテーマである。社会学的に教育を考察することで、教育にかかわる諸事象をより客観的・複合的に解き明かすことができる。また教育というレンズを通して、私たちを取り巻く社会についても理解を深めることができる。本授業では、教育社会学の視点から、自身がかかわるさまざまな課題への解決策を共に考えていく。

メリトクラシーと学歴社会

教育社会学では、「学歴社会」や「教育と階層」といったテーマについてよく論じられる。「日本型学歴社会」(吉川2006)、「日本のメリトクラシー」(竹内2016)ともいわれるように、日本は特殊な学歴社会、メリトクラシーを形成してきた。

メリトクラシーとは、イギリスの社会学者ヤングが著書『メリトクラシーの興隆』(邦訳は『メリトクラシー』)でメリット(merit:業績・功績)とクラシー(cracy:~による支配)を合わせてつくった造語である。能力のある人びとによる統治および支配が確立する社会のことで、個人の持っている能力によってその地位が決まり、能力の高い者が統治する、いわば能力主義社会を指している。

一方、少し前の日本は、生まれながら個人に備わっている能力の違いよりも、目標達成のためにどれだけ努力をしたかが重視される「努力主義」を基本とした社会であった。例えば、かつて受験の世界で「四当五落」(4時間程度の睡眠なら合格、5時間寝たら不合格)といわれたが、それもどれだけ頑張って努力をしたかが受験の合否を決めると信じられていたことの表れである。

こうした個人の「努力」が重視される社会では、個人にあらかじめ備わる「能力」が重視される社会より、多くの人々が能力を高めようと努力をする力が働いていたといえる。かつて熾烈な受験競争が繰り広げられたのも、受験勉強をすればするだけ良い点がとれ、偏差値の高い学校に入学でき、最終的に収入の高い職に就けると信じられてきたからといえよう。

現代の日本社会

しかし、現代の日本社会では、多くの人々を「努力」へと駆り立てる力が以前より弱くなっている。大学入試にしても、少子化の影響や試験方法の多様化により、一部の有名校を除けばこれまでのようにすべての人を巻き込んだ「努力競争」ではなくなっている。

何より、たとえ良い学校に入学できたとしても、そのことが将来の成功を保証するわけではなくなったという実態の変化も重要である。日本的な雇用の特徴とみなされていた終身雇用の慣行が弱まり、派遣やアルバイト、パートといった正社員以外の非正規雇用に従事する人々が増加しており、従来と比べ、職業の世界で成功できるかどうかの見通しがききにくい世の中になっている。

かつての努力重視型の学歴社会は、少しでもがんばって良い成績をあげれば少しでも良い高校や大学に入れ、それが少しでも良い職業生活につながる、といった社会での成功に至る見えやすい共通のレールに乗って、多くの人々が競争する社会であった。しかし、現代の日本社会では共通のレールが多様化し、しかもそれぞれがどこにつながっているか見えにくくなっている。将来の不確実性や見通しの悪さによって、結局、努力することを放棄する・諦めるといったことが、格差をともなって発生していることは見逃すことはできない。努力してみよう、頑張ってみようとする意欲や動機づけが生まれ育つ家庭環境によって異なり、そうした格差が将来の見込みのつきにくい現代社会において顕著に現われてきているのである。

様々な視点から社会を捉える

「教育」は、学校の中だけでなく、皆さんの身近なところで行われている。また「教育」は、それ自体が独自のものと捉えられがちであるが、実際には社会の動きと密接に関わっている。本授業はこれまでに教育関係者に限らず幅広い職種の方々が受講しているが、教育問題が社会問題とこれほど密接に関わっていると思わなかったという意見を多く聞く。皆さん自身の抱える課題や社会におけるさまざまな課題を考えるうえで、ぜひ教育社会学の視点を活用していただきたい。

参考文献

  • 苅谷剛彦ほか,2010,『教育の社会学』有斐閣.
  • 吉川徹,2006,『学歴と格差・不平等 成熟する日本型学歴社会』東京大学出版会.
  • 竹内洋,2016,『日本のメリトクラシー 構造と心性』増補版,東京大学出版会.
  • 山田昌弘,2004.『希望格差社会』筑摩書房.
  • M.ヤング,1958=2021,窪田鎮夫・山本卯一郎訳,『メリトクラシー』至誠堂.
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