専門基礎科目「認知学習論」、人間の認知特性に即した効果的な学習を探る
「実践知のプロフェッショナル」人材を養成すべく、2021年4月、社会構想大学院大学でスタートした実務教育研究科。今回は「認知学習論」を紹介する。
「認知学習論」がめざすところ
石﨑 友規
我々が「学習」する前と後の状態を比較してみると、何がどう変わったといえるのだろうか。その変化のプロセスはどのようなものだろうか。我々を学習に向かわせるものとは一体何だろうか。そして、効果的に学習するにはどのような方法が適切なのだろうか。「認知学習論」ではこうした問いに対して、認知科学あるいは学習科学の研究成果からアプローチしていくことをねらいとしている。学習のメカニズムを理解することは、受講者各位の実践知を体系化するための方法を理解することにつながるし、現代社会における適切な学習の在り方を検討する手がかりにもなるはずである。
なお、筆者がとくに専門とする研究領域は理科教育学である。人間の認知や学習にかんする研究としては、認知科学、認知心理学、脳科学、情報科学、教育学等、実に幅広い分野からアプローチが試みられている。教科の学習に軸足を置く筆者の立場から認知学習をとらえながら、社会人の学習に関する考察も踏まえて授業を展開している。
学習観の変化
パブロフの犬の実験に代表されるように、行動主義の学習観では、何らかの経験を繰り返すことで、比較的永続性をもってその後の「行動」が変容することを「学習」と捉えていた。しかし、学習したことが必ずしも観察可能な「行動」となるわけではないことや、学習の過程でどのような思考・処理が行われているのかということが不問に付されていた、という点で、行動主義の学習論には限界があった。また、学習する前の学習者はそのことについて何も知らず、頭の中は白紙の状態である、という前提も批判された。
確かに、解法もなにも分からないような初めて見る課題に対して、正しい解をすぐに見つけることは難しく、課題に取り組む前の学習者は一見すると白紙の状態のようにもみえる。しかし、そうした課題であったとしても、我々は無意識のうちに、これまでの経験や既に持っている知識や概念を手がかりに、どうにかして解を求めようとする。もちろん、その課題に向かうためには、何らかの動機づけが必要である。ただ、その動機づけのメカニズムも非常に複雑であり、報酬を与えると内発的なやる気がなくなってしまう(アンダーマイニング効果)ような現象もみられる。こうした複雑な「学習」のメカニズムを捉えるべく、認知科学ないし学習科学では、学習者が既に持っている知識の変化、あるいは、課題に対する処理の最適化を「学習」と捉え、研究が進められている。
概念変化の様相
そうした学習観でいえば、既に持っている知識や概念が変化するように「学習」することになるわけだが、実際に変化を生じさせるのはなかなか難しいことも多い。その要因の一つは、仮に既に持っている知識や概念が誤ったものだったとしても、それを使ってなんとなく解決できてしまい、特に困らない、という経験を重ねている場合があるからである。そうした誤りは、本人にとってみれば筋が通っていることが多いため、たとえば周りから「正しくはこうですよ。」と教えられたとしても、「なるほど、そうでしたか。」となるのは、その場限りで、少しすればまたもとの強固な誤りに戻ってしまうのである。社会人になると様々な経験をしているからこそ、既に持っている知識や概念を変化させるのが難しい場合も多い。
授業では、このような「学習」の難しさについて、科学的な研究成果に基づく理解を図るとともに、受講者自身の経験や疑問と結びつけながら検討を進めていく。
自己調整学習の重要性
本来、「学習」は一方的なものではない。もちろん、学習者本人が学習したい内容そのものの学習であれば、自発的に学習が進んでいくだろう。しかし、学習者本人としてはできればやりたくないのだけれども、課題達成のためにやらなければならないこともある。いずれにしても、誰かに与えられた課題をこなしていくだけでは、常に自己を高め続ける自律的な学習者とはなり得ない。学習目標の達成に向かって、学習者自らの学習を調整しながら能動的に学習を進めていくこと、すなわち自己調整学習が重要なのである。
自己調整学習のポイントの一つに、メタ認知(認知についての認知)が挙げられる。つまり学習者自身が、どのような問題にどのような方法で取り組むのが適切か、あるいは、自分は何を知っていて何を知らないのか、といったことを認知するということである。社会人の学習は、自己調整学習そのものであり、メタ認知を通して自己をよく知ることが大切である。
毎回の授業で、受講者からの質疑応答を重視しているが、それは、受講者自身のメタ認知を促すプロセスを重視しているためでもある。本授業での学習を通して、受講者自身の学習観が形成されることを期待している。
【参考文献】
- 今井むつみ・岡田浩之・野島久雄(2012)『新・人が学ぶということ:認知学習論からの視点』北樹出版
- ソーヤー編(2014)森敏昭・秋田喜代美・大島純・白水始監訳(2018)『学習科学ハンドブック 第1巻』北大路書房