専門基礎科目「産業社会学」産業構造の変化を論じる意義

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成すべく、2021年4月、社会情報大学院大学でスタートした実務教育研究科。今回は、専門基礎科目である「産業社会学」を紹介する。

産業社会学の授業のねらい

実務教育研究科の専門基礎科目である産業社会学は、産業構造の変動や技術革新が仕事・職場におよぼす影響、雇用・処遇システムや能力開発にかんする取り組みが労働者をどのように扱っているか、雇用の流動化にみられる働き方の変化等をテーマに取り上げる授業科目である。これらを、産業社会学・労働社会学・社会変動論などの視座から分析することで、現代の産業社会の動向を理解することをめざしている。

履修者からみた本授業のねらいは、履修者みずからが手がける教育や人材育成の意義を、企業からみた視点と労働者からみた立場、さらに、社会からみた視点それぞれから説明することができるようになることである。

そのため、毎回の授業のテーマが、履修者自身の仕事や生活、あるいは教育/人材育成と密接にかかわっていることを理解しつつ、紹介した分析概念や発想法を実際に使って考えてみることを意識した授業の構成につとめている。

(1)前回の授業のふりかえりとミニットペーパーへのリプライ、(2)その日の授業のねらいやキーワードの確認、(3)導入となる小課題への取り組み、(4)各回の授業テーマに即した講義、(5)授業テーマに関連するディスカッションという流れで、授業は進められている。

産業構造の変化と社会変動論

たとえば、第2週の授業「産業構造の変化と社会変動論」では、産業構造の変化がなにを指すのか、社会変動はどのように論じられるのかを理解することをねらいとして、授業を展開した。

前回のふりかえりでは、第1週で紹介した産業社会学のキーワードのふりかえりや、ミニットペーパーに寄せられた履修者の授業への期待を紹介し、ウォームアップとして、履修者が携わる仕事が日本標準産業分類でなににあてはまるのかをウェブ上の入力フォーム経由で回答してもらった。回答によれば、今年度の履修者は、情報通信業と、教育・学習支援業が全体のおよそ1/5ずつを占めてもっとも多かった。

本論で取り上げた主題のひとつは、「なぜ産業構造の変化を論じるのか」である。

それは「産業構造の変動が人びとの行動変容をうながすからだ」というのが、教員が示した論点であるが、本授業では、その例として、教員が研究で携わる森林ボランティア活動が、なぜ1980年代から90年代にかけて東京都西多摩地域で成立したのかを、産業構造の変化という側面に焦点を絞って検討した。

森林ボランティア活動が成立するのに必要な条件のひとつは「荒れた山」があることである。これは、手を入れる必要のある森林(山)があるにもかかわらず、所有者や地域住民にその余裕がなくなることを指す。

その条件として考えられるのは、1)石炭や石油・天然ガスが使用されるようになるエネルギー革命が起きることにより、燃料としての薪炭が売れなくなったこと、2)化学肥料の普及により、柴刈りをして草木を田畑に肥料として漉き込む必要がなくなったこと、3)戦後の拡大造林政策によって、薪炭林・雑木林を人工林に転換したが、木材価格の横ばい傾向や労賃の高騰により手入れ費用を捻出できない状況が現出したこと、4)農林業の兼業化や都市への人口移動によって相対的に労働生産性の高い産業への移動が起こり、相対的に労働生産性の低い仕事の優先順位が下がったこと等である。

もうひとつの条件は、「荒れた山」を整備したいひとがあらわれることである。これは、幼少期に山に近い暮らしをしていた経験を有しつつ、青年期以降都市に出て雇用労働者としてはたらくなかで、労働と生活の時間的分離が起こったこと、自然環境保全等の市民社会意識が浸透したことが挙げられる。

この検討を踏まえたグループ・ディスカッションで履修者は、みずからが携わる仕事がどのような産業構造の変動の影響を受けてきたのかを検討した。ウォームアップ・クイズの回答をもとにおなじあるいは近い産業に携わる履修者間で意見交換をするなかで出てきたのは、たとえば、IT 対応ができ、多様な需要に対応できる人材が求められている(情報通信業)という意見だった。

学生の参加に支えられる、双方向型の授業実践

本授業は当初、対面の授業をオンラインでも同時に配信し、履修者が都合のよいほうを選べるハイブリッド形式での実施を計画していたが、緊急事態宣言発令に伴い、第2週以降の授業は、全員がオンラインで授業に参加することとなった。

急遽の変更にもかかわらず、オンライン授業は、履修者の積極的な授業参加に支えられて、双方向型の展開が実現している。講義についての質問やコメントはチャット欄で寄せられ、主要なものを教員が読み上げて回答することでリアルタイムに双方向でやりとりを実現している。

またグループ・ディスカッションでは、履修者が自発的に共同で編集できるスライドやドキュメントを画面共有しつつ、グループで出た意見を集約している。さらにそうした資料をもとにした全体発表に対しては、オーディエンスがリアクションボタンを押して、拍手に変わる反応を示している。

毎回の授業終了時に提出するミニットペーパーでは、授業にたいする質問やコメントはもちろん、チャットの取り扱いやグループ・ディスカッションの方法等、授業の進行にかんする提案がなされることもあり、履修者が教員と一体となって授業をつくりあげている。

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文・富井 久義

社会情報大学院大学実務教育研究科 准教授