専門科目「知識と大学」大学と知のあるべき姿について考察を深める

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成すべく、2021年4月、社会構想大学院大学でスタートした実務教育研究科。今回は「知識と大学」を紹介する。

今の「大学」を知る

篠田 雅人

篠田 雅人

財団法人職員、学校法人職員、山口大学 大学教育センター助教(特命)、宝塚大学東京メディア芸術学部助教を経て現職。教員・職員双方の立場におけるさまざまな経験を有する実務家教員として授業を担当。専門分野は、高等教育論、教職員能力開発(FD・SD)、IR(Institutional Research)。

かつての大学では、教員が好き勝手に授業や研究をしていたような印象が強いかもしれないが、現在の大学はそうではない。アメリカの社会学者であるマーチン・トロウが示した「高等教育システムの発展段階論」によれば、大学進学率が50%を超えた現在(ユニバーサル段階)では、学生は極度の多様性を有し、大学もそれに対応することが求められ、大学と社会との関係性も変化する、とされている。まさに今、日本の大学はこのような状況になっている。そのため、かつてのように、ごく少数の人しか大学に進学しなかった時代(エリート段階)と比較すると、全く同じ方法や内容で教育・研究することは困難になってきている。

また、近年では、様々なステークホルダーへの説明責任として教育の質保証が強く求められている。体系的な教育プログラムを策定し、学習成果を可視化し、それらを広く社会に公表していくサイクルを確実に運用していく教学マネジメントが大学に求められている。この授業では、今の大学で「実際に起こっていること」を高等教育政策との関連を踏まえながら学ぶことにより、現場をよりリアルに理解し、学生にも深く考えてもらう授業構成としている。そのため、様々な資料を提示し、時には大学における実務経験を交えることを強く意識した授業を展開している。

大学の存在意義

大学には、蓄積された知の伝承と新たな知の創出という役割が求められている。特に技術革新や社会情勢が目まぐるしく変化している現在では、様々な研究を通じて既存の知を有機的に結び付けて新たな知を生み出すことも期待されている。歴史的な経緯からも、大学という教育機関には、ただ過去に蓄積された知を伝承するための教育をすることだけが求められているのではないことがわかるだろう。研究を通じて新たな知を創造し、研究成果を教育に還元することで社会的な要請に応えていくこと、これこそ大学が社会に存在する意義なのである。

歴史を学ぶことには
大きな意味がある

大学の存在意義は歴史を振り返ることで理解を深めることができる。中世のヨーロッパで興った大学は、純粋に学ぼうとする市民が自然発生的に「学生ギルド」を構成し、そこに教師を呼び寄せるという形で始まった。その後、「教員のギルド」、「教員と学生のギルド」と発展し、近代大学の基本的な構造が成立していった。この過程では、学問・大学の自主性・自律性や学長と教授会(教授団)との関係、時の権力者との関係など、様々な問題を乗り越えてきた。しかし、実際の現場では、今でも日々さまざまな問題が発生している。歴史は繰り返すと言うが、大学の歴史を学ぶことで、現在の大学(あるいは何らかの社会的集団)が直面している課題を解決するための糸口が見つかることもあるだろう。

非営利組織である大学にも
経営という概念が存在する

一方、日本では18歳人口が急激に減少している。受験戦争が過熱した1990年代には200万人を超えている年もあったが、近年は120万人を割り込み、今後10数年で100万人を切ることが明らかになっている。日本の大学生の約8割は私立大学に在籍しているが、私立大学の約4割が入学定員割れしているという状況もあり、大学の経営危機という問題は他人事ではない。そのため、今や国公立を含めて「大学経営」という概念が重視されている。

一方で、高等教育機関に対する公財政支出は減少の一途をたどっている。新たな知を生み出し、知を伝承していくことにより、社会に有意な人材を輩出する役割を持つ大学だが、学生募集や教育・研究活動、財務といった点において、民間企業と同じように経営戦略が必要不可欠になってきているのである。

答申や資料をもとに
議論を通じて考察を深める

講義中の様子

講義中の様子

ここまで紹介してきたような大学を取り巻く状況の劇的な変化の多くは、政策によってもたらされてきた。この授業では、政策決定プロセスとしての中央教育審議会答申や各種審議会資料を事前学習として大量に読み込むことを求めている。これらの答申や資料は、日常生活では目にすることはほぼないだろう。だからこそ、敢えてこれらに触れることで、議論の背景やエビデンスベースで考えることの重要性を体感しつつ、大学や高等教育政策にリアリティを感じることを企図している。そのうえで、大学と知のあるべき姿について、批判的・多面的にディスカッションし、今後の大学の在り方に対する考察を深めていく。

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