実践教育プロジェクト演習② 「おとな」の学びの観点から

2021年4月からスタートした実務教育研究科。本稿では前回に続いて、「実践教育プロジェクト演習」について紹介する。

カリキュラムの中核をなす、実践教育プロジェクト演習

伴野 崇生(ともの・たかお)

伴野 崇生(ともの・たかお)

社会情報大学院大学実務教育研究科准教授。香港中文大学専業進修学院専任講師、アメリカ・カナダ大学連合非常勤講師、東京農工大学特任助教、慶應義塾大学特任講師等を経て現職。これまで大学・大学院で担当した科目は、外国語/第二言語科目から科学技術コミュニケーションや多文化間カウンセリング、インストラクショナル・デザイン、アンドラゴジーまで多岐にわたる。近年は文化心理学の観点から、学習者・教師/学習支援者の変容プロセスに関する研究を進めている。

2021年4月10日に入学式が行われ、社会情報大学院大学実務教育研究科はいよいよ本格的に始動した。実務教育研究科は、「実践知のプロフェッショナル」の育成を目指し、教育・人材育成にかかわる社会科学的な知見と実践的な知見を融合させた教育研究活動に取り組む大学院である(本連載第1回参照)。本稿では前号(本連載第2回)に引き続き、実務教育研究科で開講される実践教育プロジェクト演習について紹介したい。

実践知のプロフェッショナルとは、実践知の言語化・体系化とそれにもとづく教育・人材育成の実践を行う人材のことである。実践における知を言語化・体系化して教える・伝える、さらには、社会に実装・普及していくためのスキルは、実践知のプロフェッショナルにとって必須のものである。実践教育プロジェクト演習は、そういった教育、伝達、普及、実装に向けた、効率的・効果的な人材育成の実現のための実践的スキル習得を目的としている。

実務教育研究科のディプロマポリシー1に「自ら携わる実務や組織、産業の領域における実践と深く結びついた固有の理論を効果的に伝達・普及するための実行可能なプログラムを構想できる(社会を構想し提言する能力)」が挙げられていることからもわかるように、本科目は実務教育研究科のカリキュラムの中核をなす科目の一つである。

1 教育理念に基づき、どのような力を身に付けた者に卒業を認定し、学位を授与するのかを定める基本的な方針。学生の学修成果の目標ともなる。

実践教育プロジェクト演習は通年科目である。年間で30講あるうち、最初の9講は担当教員3名が以下の内容について、主に講義形式で解説をしていく。
第1講:イントロダクション―効果的な人材育成のために何を考えるのか―
第2・3講:教育プログラムの組み立て方―必要な要素は何か、考えるべきことは何か―
第4・5講:教育実践方法の多様性―どのような教育方法があるのか、その効果は何か―
第6・7講:説得的、魅力的な授業資料の作り方―どのようにして受講生を惹きつけるか―
第8・9講:教育実践のリフレクション―何を、どのような観点から、どう振り返るのか―

ノールズのアンドラゴジーから見る、「おとな」の学習の特性

実践教育プロジェクト演習で構想される教育プログラムの対象は、多くの場合「おとな」である。もちろん、実践知を子どもに教える・伝える場面はあり得る。例えば、初中等教育におけるキャリア教育の場面で実務家教員が活躍する、といったことは将来的には期待されるところである。

だが、当面想定される教育・伝達の対象はおとなであり、子どもを対象として想定した教育理論や方法をそのまま適用するわけにはいかない。

実務教育研究科には「アンドラゴジー」(成人教育学の意)という科目も設置されているが、本演習においてもアンドラゴジー的発想が当然必要である。

アンドラゴジーの体系化を行ったアメリカの成人教育学者のノールズ(Malcolm S.Knowles)は、おとなの学習の特性について表1のように考えた2。ノールズのアンドラゴジーモデルに従えば、例えば、第2・3講の「教育プログラムの組み立て方」であれば、成長するにつれて自己決定的になっていく「(1)自己概念」を考慮し、学習者が自分の学びを決定し、主導していると実感できるプログラムにする必要がある。

2 詳しくは、実務家教員 COE プロジェクト編(2021)『実務家教員の理論と実践』の第10章「成人教育学」などを参照してほしい。

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また、学習の豊かなリソースとなる「(2)経験」を活用できるプログラムを組んでいく必要があるし、例えば、社内での役割が変わった瞬間といった「(3)学習のレディネス」が生じるタイミングをうまく利用することも重要。

「(4)学習への方向づけ」を踏まえれば応用可能性が高いと感じられるプログラムという視点も必要であり、さらには、内発的な「(5)学習の動機づけ」や「(6)学習の必要性」を意識できるプログラムにしていくことも重要、といったわけである。もちろん、これは講義で扱われるその他の項目、講義を踏まえて受講者一人ひとりが構想・実施していく教育プログラム全般についても同様である。

このように、実践教育プロジェクト演習においては、さらには、実践知の言語化・体系化とそれにもとづく教育、伝達、普及、実装の際には、おとなの学びとその支援、あるいはアンドラゴジーという視点は常に意識する必要があるのである。

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