専門科目「ナレッジ・マネジメント」

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成すべく、2021年4月、社会情報大学院大学でスタートした実務教育研究科での学びを紹介する。

ナレッジ・マネジメントの
社会的意義と日本の現状

田原 祐子

田原 祐子
社会情報大学院大学 実務教育研究科教授

モジュール化による知的資本・人的資本経営を提唱。人と組織の暗黙知をDX対応型に形式知化・構造化。実践知を教育に活用するナレッジ・マネジメントを手掛け、独自メソッド、フレーム&ワークモジュール®を発表。優秀論文賞を3度受賞。株式会社ベーシック代表取締役。上場企業社外取締役、厚労省等の委員を務める。

コロナ禍で、日本型雇用システム(メンバーシップ制)の課題が浮き彫りになり、ジョブ制の導入が進んでいる。副業・複業OKの企業も増え雇用の流動性が高まるにつれ、「企業内の人に蓄積されている暗黙知(ナレッジ)が、人とともに流出してしまう」という新たな問題が浮上している。他方で、欧米では20年前から進んでいるIT化に伴い、早くからナレッジの重要性に着目しており、企業内ナレッジのデータ化やCKO(Chief Knowledge Officer)配置等が、はるかに進んでいる。しかし、日本では、そもそもジョブが可視化できておらず、それが原因でシステム化やDXが遅れており、こうした状況が、HRテック(Human Resources+テクノロジー)により急速に変わりつつある、人事戦略や企業内人材育成の遅れにも影響し、ボトルネックになっていると感じている。

人と組織の暗黙知を形式知化し、
人材育成・組織開発に役立てる

さらに、ジョブが明確でなく、部門を横断した異動がある日本では、人材自身も“自らの経験で培った仕事の暗黙知”に気づいておらず、形式知化ができていない。いや、そもそも「暗黙知の形式知化などできない」と思っているケースも散見される。

実は、人材にとっても、ナレッジ・マネジメントの理論や実践法を習得し、暗黙知を形式知化するスキルを身につけることは重要だ。と言うのは、自身の強みを存分に発揮できるだけなく、形式知化したナレッジを企業内の人材育成に活用でき、さらには実務家教員として指導することもできる。また、複数の部下を持つマネージャーであれば、全員のナレッジを共有・蓄積・活用していく“学習する組織”の構築も実現可能である。さらに、「形式知化した暗黙知をデータ化・メタ化」することができれば、それまで経験のない、新たな分野や業種・事業においても、自身のスキルや能力をダイナミックに活かすことができるのだ。

「暗黙知を形式知化していく」
学習プロセス

図 ナレッジ可視化のイメージ

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本授業では、計15コマ8週の授業を演習形式で実施する。第1・2週は、知的資本・人的資本、企業価値創造、無形資産、ナレッジ・マネジメントの理論、ISO 30401:2018 - Knowledge management systemsを理解する。第3・4週からは、講師が20年以上実践した具体的なケースを通じて、ナレッジを可視化していく複数のパターンとプロセスを理解していく。と言うのも、ナレッジ・マネジメントは応用範囲が広く、「新規事業立ち上げ」「エコシステム構築」「新規チャネル開発」「クラスター構築」「ビジネスモデル転換」等にも活用できるため、その拡がりを実感していただくためだ。第5週からは、最終ゴールである発表に向け、履修者自身の暗黙知を形式知化していく。フレーム&ワークモジュール®というメソッド他を活用し、履修者が所属している組織(企業・病院・学校・官公庁など)の人事・営業・広報・マーケティング・経営企画・IRなど、多岐にわたる分野・業種の「暗黙知を形式知化していくプロセス」自体が、最も刺激的な学びの場であり、さまざまなケースの「知の共有」が非常に大きな学びとなっていく。

DX・AIに対応できる
ナレッジ・マネジメントの新展開

DX・AIの導入が進み、世界は今、未曽有の転換期にあると言える。自動車業界が車というモノを作る産業から、モビリティというコトを創る産業にシフトしているように、今後は、企業も人材も、人(実在する存在)からナレッジ(ポータブルな転換可能な知)に軸足をシフトできるよう、今ある“知的資本・人的資本”を棚卸しておく必要がある。すなわち、単なるレイバー(労働者)として働くのではなく、自らがさまざまな経験を通じて保有している「ナレッジ」というリソースを活かしナレッジワーカー(知識生産者)として働くための、ワークシフト・ビジネスモデルシフトが可能な状態に準備しておくことが求められるようになってくるであろう。

このようにして、人と組織のナレッジをモジュール化し、最終的にはメタ化しておくことができれば、シュンペーターの唱える新たな価値を創造する“新結合”のごとく、アジャイルかつダイナミックに、新規事業や新たな人生を切り拓いていくことができることだろう。

本授業を通じて、新たな時代に対応・シフトできる、底力(真の力)を習得していただければと思う。