専門基礎科目「組織論」―謎ロールが組織に存在し続けるわけ―

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成すべく、2021年4月、社会情報大学院大学でスタートした実務教育研究科。今回は、専門基礎科目である「組織論」を紹介する。

組織論の問いかけ

「組織はなぜ“正気”を失うのか」、そして「それでも持続できるのはなぜか」が本講義の問いかけである。講義中や放課後、リモートの懇親会などを通して、履修者の社会人大学院生たちが「謎ルールが存在する意味と意義」のトークに盛り上がっていたことが印象に残る。

併せて本講義では、新型コロナウィルスの感染拡大により組織デザインの方向性はどう変化していくのか、を常に念頭においた議論をしている。新型感染症は、社会経済システムを変革することをより強く迫り、その中で新たな価値を生み出す組織を要求している。本講義の最終課題レポートでは、半年に及ぶ組織論の議論を経て、各自が考える理想の組織デザインを論述することにしている。

組織論は“暗い”

組織論とは、組織が掲げる目的を実現するための構造や設計に主眼をおく社会科学の一領域である。ただし、組織という常に動的で多面的な存在を観察、考察、もしくは分析する困難さから、学ぶ立場として次のような制約を前提に理解することが推奨される。

一つは、組織論研究からの発見は、現代社会における手がかりの一つであり、福音にはなりえないこと。本講義でも、基礎理論は、受講する院生の基礎理解を整える程度に紹介するにとどめ、実践社会で経験を重ねる院生たちの論理的な議論から、今日とは違う明日をつくるヒントを紡ぎだすことを心がけ進行している。二つは、組織論の発見に一喜一憂しないこと。組織論は人の成長や前向きな変化に期待するよりも、メカニズムとしてパフォーマンスの最大化を科学する傾向にある。極端に言えば「ダメなら人を入れ替え、システムを変える」後ろめたい発想も存在する。組織論を学ぶと自分が所属する組織のダメなところが目につくようになったり、前向きな解決策を検討する意欲がそがれることもあり、教室での議論は常に客観的にするよう呼びかけ、心がけている。

3時間1セットで
本質的な議論を

社会情報大学院大学では、2コマ分をまとめて隔週で開講している。それにより教室での履修者どうしの議論に十分な時間と深みをもって行うことができる。講師からの基礎理論の紹介は各回合計45分程度に限り、残り時間は講師からの問いかけや院生からの疑問を中心にした議論をしている。

なお、本講義は、本校広報・情報研究科との共通科目として設定されている。今年度は事業会社や金融機関の会社員だけでなく、コンサルティング会社の社員、学校や非営利法人の教職員、官公庁や自治体職員、フリーランサーなど、議論の多様性を豊かにする25人の履修者と学びあった。ハイブリッドもしくはフルリモートによる開講だったが、Microsoft Teamsから手をあげ発言する院生が続くほか、かなり活発なチャットからの参加により、スモールグループでの議論の記録に加えて、示唆に富んだ素材が講義終了時に残存する価値を見出せた。

組織論が扱う領域

まずは、組織は人をどう扱ってきたのか、という問いを中心に、組織が人をどう位置付け、どのような構造を見出してきたのか、歴史的な経緯を手がかりに、現代社会の組織は人をどうみてかかわろうとしているのか、の議論をした。

続いて法人の意味や社会的機能、株式会社制度の可能性と限界、さらにはガバナンスの意義と可能性を議論のきっかけにして、組織の目的を実現するための理想的な仕組みについて議論をしている。営利、非営利組織や自治体のあり方と比較しながら、今後の法人形態のあり方や、組織における利益の必要性や持続的成長との関係性を議論した。

さらに、企業価値評価の議論も行なっている。非営利組織が使命の達成度で評価されるように、企業の理念の達成度が尺度になりうるのか、人や知財、ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みなどの非財務価値の開示と評価について考えた。

組織の学習と変革、ダイバーシティ(多様性)の議論を行なった。組織の成長や変革に必要と考えられている学習の機能や運動、変革にむけての企業文化の変革、そして、変革を生み出すと考えられるダイバーシティの意義について、研究成果と実践知との間で議論を深めてきた。

なお、初回オリエンテーションでは、下記のような期待が寄せられ、講義の中で適宜反映してきた。履修者の多様性や問題意識を感じさせる。組織論の基礎理解を深めるため、セクター間の比較をしながら進行してほしい、SDGs(持続可能な開発目標)を含め、組織デザインに影響するグローバルな要素を取り入れてほしい、大きく変わりつつある日本の労働市場の潮流をふまえた議論をしたい、さらには、少し前のティール組織のような新しい組織デザインの潮流を感じながら、未来のあり方を考えたい、などである。

組織なんてろくなものではない、という感覚に陥る場面に頻繁に遭遇する。もしそうであれば、なぜそう結論づけられるのか、組織がもつ負の側面やジレンマを踏まえて、どのようなデザインが望ましいのか、毎回履修者とともに議論する体験は刺激的で示唆に富んでいる。先入観なくあらゆる角度から検討する研究という思考習慣は、複雑で見通しがたたない現代日本の現場に異なる景色をもたらしてくれるはずだ。

SDGs時代の組織学習をデザインする~ソーシャル思考を獲得するために