コラム・教育の未来構想⑤ ~研究不正行為防止のための倫理教育の必要性~

近年、科学者が行う学術活動において、実験データの捏造や改ざん、論文の剽窃等の問題が相次いで起きており、そのため科学者や学術機関に対する社会からの信頼は著しく低下している。なぜ科学者は研究不正行為を行ってしまうのか。その原因としては、限られた時間内での研究成果の創出や、安定的な研究資金の獲得等が常に求められ、そのため科学者に過度なプレッシャーやストレスを与えてしまい、結果、研究不正行為の発生を促してしまっていると考えられる。

研究不正行為を防止するためには適正な教育が必要なことは論を俟たない。しかし現状では、研究不正行為防止のための倫理教育は実施されてはいるが、はたして教育効果があるのかについては疑問である。そこで本稿では、科学者への研究倫理教育に必要なことや有効な手段とは何なのか考えてみたい。

研究倫理教育について

現在、科学者への研究倫理教育として、FD研修会やe-learningでの研究倫理教育プログラムの受講等が実施されている。しかし、これらは受講者全員が同じ内容を同じ量だけ学習する仕組みになっており、受講者にとって適した教育が施されているとは言い難い。心理学の分野では「レッドフラッグ(red flags)」(W. Steve Albrecht,1982)という広く知られた理論があり、“不正リスクである「動機・プレッシャー」、「姿勢・正当化」、「機会の認識」の3要素が全て揃った時に人は不正を犯す”と論じられている。

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図.レッドフラグについて

よって受講者全員が同じ内容、同じ学習量を学ぶのではなく、役割毎に必要な学習内容を集中的に学ぶことにより、より効果的な研究倫理教育の実施が有効であると考えられる。そのためには通常行われている関係法令や事例等を覚えるような知識蓄積型の教育ではなく、科学者の不正リスクの発生メカニズムを解明し、不正行為に対する抑止力を向上させることで、科学者が起こす不正行為の発生を未然に防止することが重要となる。

研究不正の防止に必要なこと

研究不正行為を防止するには管理体制等のハード面の強化も重要だが、倫理意識を醸成する研究倫理教育等のソフト面の強化も必要である。研究不正行為のリスク要因等を分析することによって研究不正行為の原因や科学者の思考パターン等が明らかとなり、これらに合わせた対策等を検討することにより、より実効的な研究不正防止対策の実施が可能となる。 

また科学者の不正行為の発生メカニズムを解明することで、規則や罰則の強化等の管理面での防止対策ではなく、心理学的なアプローチにより研究不正行為のリスク要因を分析し科学者自身を改心させることで、研究不正行為を未然に防止する方法や研究倫理に関する教育方法等を検討することが今後必要となる。

コラム・教育の未来構想① ~マイクロクレデンシャルの普及~

コラム・教育の未来構想② ~ナノディグリーへの取組み~

コラム・教育の未来構想③ ~ウェルビーイングを高める教育とは?~

コラム・教育の未来構想④ ~ウェルビーイング教育は有効か?~

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画像はイメージ。Photo by metamorworks/Adobe Stock 

★画像名 河合孝尚
事業構想大学院大学教授。静岡大学大学院理工学研究科博士課程修了。情報学博士。2022年4月1日より事業構想大学院大学教授として着任。経済産業省安全保障貿易自主管理促進アドバイザーや他大学の講師等を兼任。これまでに大学におけるリスクマネジメント等に関する実務を多数行ってきた。また教育研究活動として、Well-being教育や、研究公正教育等の教育システムに関する研究を行っている。主な研究分野は、教育情報学、研究インテグリティ、リスクマネジメントなど。