コラム・教育の未来構想⑥ ~効果的な研究倫理教育の実践~

近年、研究者については研究不正の防止を目的とした研究倫理教育の受講が義務付けられている。今回は現在行われている研究倫理教育がどれくらいの教育効果があるのか、また効果的な教育方法とは何なのかについて考察する。

対面もしくはオンラインでの研究倫理教育について
現在、多くの学術機関などで研修会やFD(Faculty Development)として、対面やオンライン(ハイブリッド方式やオンデマンド方式)などによる研究倫理教育が実施されている。これらの教育方法は、講師1名に対して受講者が多数という形で行われるが、この教育方法が効果的なのかと問われると疑問である。その理由として、心理学では不正の心理的発生要因として「動機・プレッシャー」、「機会の認識」、「姿勢・正当化」の3要素が全て揃った時に人は不正を犯す(「red flags」(W. Steve Albrecht,1982)と論じられている。

つまり研究者1人1人の不正の発生要因は異なるので、受講者全員に全く同じ内容の研究倫理教育を施しても教育効果は低いのではないかと思われる。研究倫理教育では受講者全員が同じ内容、同じ学習量を学ぶ知識蓄積型の教育ではなく、役割毎に必要な学習内容を学ぶことが有効ではないかと考えられる。

研究倫理に関するe-learningについて
多くの学術機関が利用している研究倫理e-learningとして、日本学術振興会が提供している「eL CoRE」(図1)と、一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)が提供している「eAPRIN」(図2)がある。前者の「eL CoRE」は人文学・社会科学から自然科学までのすべての分野が対象で、アニメーションをメインとした教材となっており初級者向けの教育内容となっている。

後者の「eAPRIN」も「eL CoRE」と同様に全ての分野を対象としているが、テキスト形式の教材となっており教育内容もどちらかといえば上級者向けである。しかし「eAPRIN」では利益相反や安全保障輸出管理など研究倫理に関連する主要単元が多数あり、研究倫理も含めた科学者の研究公正(研究インテグリティ)教育として実施するならば有効である。
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図1.「eL CoRE」の開始画面 (日本学術振興会「eL CoRE」e-learningより)
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図2.「eAPRIN」の単元選択画面 (APRIN e ラーニングプログラム(eAPRIN)受講者マニュアルより抜粋)

研究倫理に関する効果的な教育方法とは
研究倫理教育では、受講者全員が同じ内容、同じ学習量を学ぶのではなく、ヒヤリハット事例や実際に起こった研究不正事例などを使って、研究者自身で研究不正行為について考えさせるような教育方法が有効である。その1つとして最近公開された興味深い取組みとして科学技術振興機構(JST)が制作した研究倫理教育映像教材「「倫理の空白」理工学研究室」を紹介する。

21.1.11news1-3図3.「倫理の空白」理工学研究室(科学技術振興機構(JST)ホームページより)

このJSTが制作した研究倫理教育映像教材については、視聴者が研究不正行為をリアルに体感することができる点や、視聴者を飽きさせない演出など、研究者自身で研究不正行為について考えさせるという点で一定の教育効果が期待できる。

このように研究倫理に関する効果的な教育方法としては、通常行われている関係法令や事例等を覚えるような知識蓄積型の教育ではなく、不正行為に対する抑止力を向上させることで研究者が起こす不正行為の発生を未然に防止することが重要となる。しかし、そのためにはどのような教育方法が有効なのかについては現段階では確立されておらず、試行的に研究倫理教育が実施されているのが現状である。今後、科学者の研究に対する倫理観や公正さを向上させるような教育方法が確立されることを願っている。

コラム・教育の未来構想① ~マイクロクレデンシャルの普及~

コラム・教育の未来構想② ~ナノディグリーへの取組み~

コラム・教育の未来構想③ ~ウェルビーイングを高める教育とは?~ 

コラム・教育の未来構想④ ~ウェルビーイング教育は有効か?~

コラム・教育の未来構想⑤ ~研究不正行為防止のための倫理教育の必要性~

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画像はイメージ。Photo by metamorworks /Adobe Stock

★画像名 河合孝尚
事業構想大学院大学教授。静岡大学大学院理工学研究科博士課程修了。情報学博士。2022年4月1日より事業構想大学院大学教授として着任。経済産業省安全保障貿易自主管理促進アドバイザーや他大学の講師等を兼任。これまでに大学におけるリスクマネジメント等に関する実務を多数行ってきた。また教育研究活動として、Well-being教育や、研究公正教育等の教育システムに関する研究を行っている。主な研究分野は、教育情報学、研究インテグリティ、リスクマネジメントなど。