日本最大の公立大学誕生、“総合知で、超えていく大学”へ。大阪公立大の挑戦

2022年4月から、大阪市立大学と大阪府立大学という2つの総合大学による史上初の統合により、日本最大規模の公立大学が誕生した。初代学長の辰巳砂昌弘氏に話を伺った。

2022年4月1日、
大阪公立大学が誕生

辰巳砂 昌弘

辰巳砂 昌弘

大阪公立大学長
工学博士。大阪大学大学院工学研究科博士前期課程修了。大阪府立大学工学部助手。同講師、助教授、教授を経て、2005年公立大学法人大阪府立大学大学院工学研究科教授。2011年、副研究科長(~2015年)、2015年研究科長(~2019年)、2019年大阪府立大学長 兼 公立大学法人大阪副理事長。2022年4月1日より現職。専門領域は無機材料化学、固体イオニクス、ガラス科学。

江端 新吾

東京工業大学総括理事・副学長特別補佐/ 戦略的経営オフィス教授、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局上席科学技術政策フェロー。
文部科学省科学技術・学術審議会「研究開発基盤部会」の委員等を歴任。

植草 茂樹

公認会計士(事業構想修士、東京工業大学特任専門員、東京農業大学客員研究員)。
工大手監査法人教育セクター支援室にて会計監査・経営支援を経験後、独立。文部科学省「国立大学法人会計基準等検討会議」委員など歴任。

大阪市立大学と大阪府立大学という2つの総合大学による史上初の統合により、2022年4月1日、我が国最大規模の公立大学が誕生した。

遡ること約10年前の2012年5月に外部有識者による「新大学構想会議」を府市で共同設置し、2013年1月に同会議が「新大学構想<提言>」を提出したところからこの物語は始まる。その後「新大学ビジョン」の策定、「新大学案」の策定と順調に進んでいたかに見えたが、同年11月に大阪市会で大学統合関連議案が否決されたことを受け、統合スケジュールを延期することとなった。これをきっかけに、府市に代わり両大学が主体的にそのあり方を検討することとなった。

本連載の5回目は、この史上初となる挑戦の陣頭指揮を取る、大阪公立大学初代学長となった辰巳砂昌弘大阪府立大学長(取材当時)に、そのビジョンや今後の展望について聞いた。

大阪公立大学のビジョン
「新大学基本構想」が完成するまで

左から植草茂樹、辰巳砂昌弘学長、江端新吾

左から植草茂樹、辰巳砂昌弘学長、江端新吾

改めて大阪公立大学設立までの経緯を図表1にまとめる。2015年2月に大阪市立大学と大阪府立大学が主導してまとめた「『新・公立大学』大阪モデル」の策定により、大学統合による教育・研究・地域貢献力の向上、そして大阪の発展を牽引できる新大学を目指すといった方針が示された。当時の辰巳砂学長は大阪府立大学大学院工学研究科の副研究科長として工学研究科内の諸問題の解決に取り組んでいた時期であったが、「本当に統合するのだろうか?」と半信半疑だった。しかし、2017年8月に新大学設計4者タスクフォースによる「新たな公立大学としての2つの機能・戦略領域」が報告された際には辰巳砂学長は工学研究科長として部局を取りまとめる立場となっており、「公立大学はそこまで大きくないが故に両大学にとっては小回りが利くというメリットがあると考えていたが、スケールメリットの方がより大きいのではないかと考えるようになった」と語った。

図表1.大阪公立大学設立までの経緯と辰巳砂学長の役職

画像をクリックすると拡大します

2019年4月より公立大学法人大阪が設置され、公立大学法人大阪副理事長 兼 大阪府立大学長となり、今回の統合のキーパーソンとなった。同年8月には法人としての考え方を示した「新大学基本構想」が取りまとめられ、大阪公立大学のビジョンとして公開された。工学研究科長時代には工学部を再編して2つにするという内部意見もあったものの、「両大学の工学分野が相補的になっているので1つにまとめるべきと主張した」ことが基本構想にしっかりと反映されることとなった。これは辰巳砂学長の、工学研究科における副研究科長そして研究科長としての経験が生かされた大きな成果であった。

大阪公立大学によって
生み出される新たな価値とは

新大学基本構想によると、両大学は、1. 互いに相補的な大学であること、2. 高度な融合研究を展開できる強みを持っていること、3. 少子高齢化・大学間競争の激化への対応が可能となることという3つの観点から、国内のみならず海外に対してもスケールメリットを一層高めることを目的とし、統合することの意義を説明している。新大学は教育、研究、社会貢献という3つの基本機能をさらに強化した上で、都市シンクタンク機能と技術インキュベーション機能という2つの機能、そして、スマートシティ、パブリックヘルス/スマートエイジング、バイオエンジニアリング、データマネジメントという4つの戦略領域に加え、国際力の強化を推進することで、大阪の発展を牽引する「知の拠点」となることを目指す構想となっている(図表2)。

図表2.大阪公立大学のあるべき姿

画像をクリックすると拡大します

大阪公立大学の教育研究組織は両大学の同種分野を集約することを基本としながら、情報学研究科を新設、農学部、獣医学部、看護学部を独立させることにより、12学部・学域、大学院15研究科という構成となる(図表3)。教育・研究に携わる現場の教職員にとっては、これまでの環境がどのように変化するのか、その質は担保されるのか等多くの心配が絶えない状況であることは容易に想像がつく。

図表2.大阪公立大学のあるべき姿

画像をクリックすると拡大します

統合を行う上で異論・反論はなかったのか聞いたところ、「文化も歴史も異なる両大学が統合される中、自身もかつてはそうだったように必ずしも構成員全員が良いと思っているわけでないとは思うが、50を超えるワーキンググループを設置するなど多くの議論の場を作ることで、構成員の思いを受け止めながら、前に進むように心がけている」とのことだった。

また、大阪公立大学は、“総合知で、超えていく大学”というキャッチコピーのもと、
●いつでも新しい学びに取り組める人
●多様な価値観の存在を認め合える人
●困難な課題にチャレンジしていく人
という人材の育成を目指している。辰巳砂学長は「well-beingが重要であり、そのもととなるのが総合知である。総合知にこだわりを持ち教育研究にあたる」と語った。

「様々な新たな種をまく」
大阪公立大学の経営戦略と今後の展望

「私の役割は一つになることを牽引し、そしてサポートすること。まずは統合に集中する。そして様々な新たな種をまき、新しい大学の経営はこれから構成員と対話をし、若い人にもコミットしてもらいながら考えていく。経営戦略は、10年後の大阪公立大学のあり方からバックキャストして、副学長、学長補佐等に自ら考え良い提案を出してもらいながら、2022年度内を目処にまとめる」と辰巳砂学長は語った。辰巳砂学長の特徴は「包容力」であると構成員は話した。公立大学は国立・私立大学と比べても非常に複雑なガバナンスとなるが、若手を含めた構成員のアイデアを取り入れながら統合していく手法はまさに辰巳砂学長の「包容力」が存分に発揮されたものだろう。

そして土壌となるキャンパスについても大きな整備計画が立てられている。現状の5つのキャンパス、2つのサテライトの役割を明確に整理した上で同種分野(工学、理学、看護学)の集約化を行い、2025年度を目処に都心メインキャンパスを森之宮に整備する方針である。

都心のメインキャンパスとなる森之宮キャンパス。

都心のメインキャンパスとなる森之宮キャンパス。

森之宮キャンパスには、全学の学生が一堂に集う基幹教育とともに、大阪の都市課題の解決や成長に貢献していくために必要な都市シンクタンク機能と技術インキュベーション機能を持たせるなど、新たなキャンパス整備における重要機能を集約する。その際には、大阪府・大阪市のスマートシティ戦略を踏まえ、民間とも連携した整備を進めるイノベーションエコシステムを構築する。関係設備も集約化・共用化していくとのことで、同種分野のキャンパス集約化は施設・設備の整備を一体的に進めることとなり、研究力の強化につながっていく。

現在、大学のあり方が問われ、世界と伍する研究大学と地方創生に資する大学と二つの役割が提案されている。辰巳砂学長は最後に「この両方を目指す大学にしたい」と語った。新たな種がまかれ、それが芽吹き、大阪公立大学の基礎となった上に、教職員、学生などステークホルダーの多くの提案を踏まえ、大阪公立大学はどのように発展していくのか、その可能性は無限大である。大阪公立大学と辰巳砂学長の今後のさらなる挑戦に大いに期待したい。